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ある野良魔導士の書斎

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第五話:竜を巡る乱気流(1)


―世界樹、竜、神。この三つが守る世界。
それ故に、ここは『ミツマモリノヨ』と呼ばれる。

世界樹は世界の中央に聳(そび)え、月の光を元に魔力元素(エステル)を生み出し、世界に満たしている。

竜は属性と空間を守り、世界の均衡や人々の安寧を、命の生きる場所を守っている。

神は人間の心やあらゆる力を具現化し、様々な波紋を広げ、人々の魂を活性化させる。

―人の器を持ってその姿を具現化して。

世界樹と交代するための子孫である世界樹の苗木。
竜・神と交代するための子孫である竜の後継者・神の後継者。
彼らの力を命がけで制御し、永遠に連添う婚約者。
彼らを守り、共に戦う近衛騎士。
この存在があるが故に、この世界は生き続けている。

 イリュアスは何気なく部屋にある伝承を読んでいた。これは、幼い頃から親や学問所の先生たちが語っている、大切な話だ。彼女が読み書きを覚えたばかりの頃、イリュアスの祖父はよくこの話をしてくれた。
(まさかこんな事になるなんて、初めは思わなかった)
苦笑しながら本を閉ざし、ため息を吐く。今も少しだけ気だるく、本を読むのもやっと、だった。それでもこの伝承を手にしたのは、なんとなく懐かしかったから。
「どうするかな」
重い頭をどうにか上げ、またため息を吐く。これからどうなるのか、イリュアスには解らなかった。竜の魔力が上手く肉体をヒトから竜へ変える事ができるなら、明日か明後日には竜紋が全身を覆っているはずだ。上手く行かなかったら、竜紋は左腕のを除き全て消えるだろう。しかし、彼女にはこの文様が消える、とは思えなかった。試練とは名ばかりで、リナス自身は既にイリュアスを後継者にしたも同然、というような眼だった。そう、彼女には見えてならなかった。
(適合しなかったら、竜紋が出ても直ぐに消えて力も収まる。その筈だよな。場合によっては死ぬらしいが……)
知識を確認し、再び寝台に横たわる。白いワンピースから伸びた足が投げ出され、一度バウンド。三度出るため息。
(私は、どうすればいいんだろう)
イリュアスの脳裏には、リナスやベヒモスの声が響いていた。けれど、失恋を人に打ち明けるのは、物凄く恥ずかしい。スオウの事を諦められない自分も、こんな事で魔力を暴走させてしまう自分も。何よりも、弱い自分を認めることが、今の彼女には物凄く辛い事だった。

 一方ユエフィはベヒモスに許可を貰い、彼の監視つきという条件下で温泉に浸かっていた。考え事をしていたら、頭が痛くなってきたのだ。
「くぅうっ!温泉っていいねぇ!!」
湯船で伸びをしていると、ベヒモスがそうだろう、という顔で頷いた。彼にとっても、この温泉は自慢らしい。
「旅の疲れを癒してくれる、ありがたいところだ」
何処となく自信に満ちた笑み。それにユエフィは素直に羨ましい、と思える。ベヒモスは湯を手で掬い、零れ落ちていくそれを穏やかな目で見つけながら言葉を続けた。
「この湯で、多くの人が癒されている。俺もその1人だ」
「へぇ……。ここで湯治をしていたのか」
元は傭兵だった、という噂を聞いていたユエフィはそれで納得したものの、彼は微笑を浮かべて首を横に振る。幾重にも年を重ねた者だけが浮かべる、年長者特有の穏やかさが染み込んだ…それでいて、どこか影のあるモノ。
「時が来たら……話せるかもしらんな」
湯が彼の無骨な手から零れ落ちる。その雫を見つめながら、ベヒモスは瞳を細める。何故か、ユエフィは何も言えなくなった。少しだけ、彼がこの湯で何を癒していたのかを感じ取ったのだから。
(こいつも深い何かが、あるのかも知れないな)

 その頃。エルデルグは1人考えていた。ハィロゥの言葉が、今も脳裏で揺れている。
(竜の婚約者の役割……か)
by jin-109-mineyuki | 2008-07-03 17:12 | 小説:竜の娘(仮)