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ある野良魔導士の書斎

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プライベートテイル:黄昏の役(前編)


―7月 30日。
 ランドアースに、淑やかな終焉が、訪れようとしていた。十二匹のドラゴンが、【希望のグリモア】目掛け、ドラゴン界から突き進んできていた。28日には『蒼き光流』ザムザグリード、29日には『波濤さかまく』ヴァーゼルゼという二頭のドラゴンと死闘を繰り広げた同盟の冒険者たちであったが、この出来事には、誰もが目を見開いただろう。

しかし、同盟の冒険者たちは真実を飲み込んだ。
そして、立ち上がることを決意する。

決戦の前日。
ある者は家族の元に戻り、いつもどおりの生活を送る。
またある者は恋人と共に夜を過ごし、互いに生き残ることを誓う。
ある者は一人亡き戦友の墓に訪れ、ある者は仲間と共に羽目を外して大騒ぎ。
こうして、英気を養っているのだった。

 エンジェルのディート・マシロイは漸くなれた旅団の自室で一人手紙を書いていた。ホワイトガーデンにいる両親に向かって、である。
「うん、書けた!」
ディートは灰色の瞳を楽しげに細め、便箋を真っ白な封筒に入れた。そして、にっこり笑って机にしまう。この手紙は、生き残ったら送るのだ。その為にも生き残ろう。小さな決意を胸に、部屋を後にしようとする。ヴァーゼルゼを倒した祝勝会の会場ではまだ多くの冒険者たちが残っているだろう。ちょっとばかし食べ物をつまみに行こう、と思っていたのだ。
「行って来るよ、父上、母上」
ディートはそういい、白い髪を揺らして部屋を後にした。

 ヒトノソリンのギーエル・カンツバキはその夜、入浴を済ませるとすぐさま寝台に向かった。ヴァーゼルゼ戦では思いのほか精神力を消費した。邪竜導士である彼女はアイテムが持っていた『ヒーリングウェーブ奥義』を使用して仲間の治癒を行っていた。同時に士気を上げる為に歌も歌っていた。それが、さらに疲労の度合いを強めている。しかし、明日の夕方…黄昏時には十二頭のドラゴンが襲い掛かってくるのだ。
「十二頭。ちょうど一ダースなぁ~ん」
ギーエルはくすり、と笑う。同盟は死者を幾人か出しつつも二頭のドラゴンを倒しているのだ。それを考えると……正直、絶望する冒険者などいないのではないか、とすら思える。口元に艶やかな微笑が浮かんだ。
(死ぬ気はないなぁ~ん。ご主人様のために……この魂の全てを解き放つなぁ~ん)

 セイレーンのニルギン・シェイドは祝勝会の会場にいた。そこでオカリナを奏でていた冒険者に合わせ、オルガンを奏でていた。ピアノは養父が好きで弾いていたのを見よう見まねで覚え、今ではなかなかの腕前になっていた。鍵盤楽器ならば、多少はできると自負している。元々音楽が大好きな彼はオルガンを奏でつつ瞳を細めた。
(居心地がいい…)
明日の戦は、負けることができない。だからこそ、こうして決意を強めていく。死ねば、仲間と音をつむぐことができなくなる。そして、片思いの女性に歌を捧げることも、冒険者になるきっかけをくれた女性へお礼をする事もできなくなる。
「また、奏で合うためにも」
小さく呟いた言葉は音色にかき消される。けれど、思いを確かめるのには十分すぎるものだった。

 思い思い夜を過ごし、当日を迎える。その日は見事に晴れ、何事も無いような気がした。しかし、二頭のドラゴンが刻んだ爪あとが痛々しいほどに刻み込まれている。
「あーあ、お気に入りのパティスリーが瓦礫に埋もれてるよぉ」
ディートが不満げに呟き、ため息をつく。いつものようにキャスケットをかぶり、手にはランスを持っている。傍らのギーエルはメイド帽を被り直すと同意するように肩をすくめた。
「でも、町の人たちは避難できたからいいなぁ~ん。復興すれば、またできるなぁ~ん」
「生きていれば、またできますからね」
ニルギンも眼鏡を正して相槌を打つ。彼は小さく欠伸を噛み殺しつつもあたりを見渡した。一見平和を取り戻したように見える町。しかし、今日の夕方にはドラゴン十二頭との最終決戦が待っている。彼自身も昨夜、想い人に手紙を書き、決して絶望しないでほしい、と願っている。
(…貴女には、特に…笑顔でいてほしいから)
そう思いながら空を見上げていると、やわらかい感触が背中に押し付けられた。
「うわぁっ!」
「何暗い顔してるなぁ~ん?こういう時こそ笑うなぁ~ん」
ギーエルが背後から抱きつき、ノソリンの尻尾を楽しげに振っている。
「お姉さんが元気を分けてあげるなぁ~ん♪」
「や、止めてください!!」
背後から頬を寄せるギーエル。より押し付けられる彼女の胸に、ニルギンの頬が赤くなる。そして、前からはディートがぴょん、と楽しげに抱きついていた。
「そーだよ!ニル兄、笑ってよ!!」
二人には、ニルギンの顔が曇って見えていたらしい。弾ける様な笑顔を向けられ、ニルギンは小さく苦笑した。
「確かに、死ぬのは怖いよ?でも、生き抜けばまた冒険できるでしょ?だよね?」
ディートの言葉に、ニルギンとギーエルは頷き、微笑んだ。
決戦まで残り数時間。それでも、仲間との時間を……大切にしたかった。

(つづく)

※ちょいミス発覚で変更です。
ま、気づいても比べないで!些細なことだから!
by jin-109-mineyuki | 2007-08-02 18:50 | 無限銀雨図書館