人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ある野良魔導士の書斎

fureinet.exblog.jp
ブログトップ

第二話:呼ぶ声、呼ばれる者(6)


 イリュアスは布団の中で溜息をついた。魔力が暴走している。確かにシルクレアはそう言っていた。僅かに痛み出した額を押さえ、サークレットが無い事を思い出す。
(私の体は、どうなってるんだ…)
内心愚痴りながら、彼女は左腕に手を置く。僅かに脈打っているような感触がある。奇妙だ。胸にゆっくりと不安の霧が漂い始める。
「…あれは夢なんだ。気にしなくていい筈さ」
自分にそう言って聞かせ、左の袖を捲くる。と…紋様は淡く輝きながら線を伸ばしていた。一瞬、金色の眼が丸くなる。
「えっ!?」
思わず声を上げる。ヂリヂリと焼けるような痛みが、腕をゆっくりと這っていく。それを眼に捉えた途端、彼女は僅かに震えた。
「あの夢は、本当だったのか…。私は、本当に…竜の力を…」
激しく痛む腕の紋様。少しでも押さえようと、その紋に触れるがとても熱い。眼には薄っすらと涙が浮かんでいた。呼吸がおぼつかない。僅かに頭痛が戻ってくる。
「体が、竜の力に拒絶反応を見せているのか…?」
何故、自分に竜の力が宿ったのだろう?不思議に思った。今まで彼女は一度も竜に会った事が無い。竜は普通、滅多に人の前へ姿を現さない。そんな事を思い出していると額に汗が浮かんできた。
(そういえば御伽噺で聞いた事がある。この世界には四人の竜の王がいて、世界を守っている。王たちが竜を従え、密かに守っている…と)
竜王の話は御伽噺だと思っていたが、それは本当なのかもしれない。事実、雪の竜王(空竜王の別称)を讃える祭が行われている。そんな事を考えつつイリュアスは寝台の上で蹲った。ビキビキと全身に痛みが走り続ける。熱が引かない。思うように体が動かない。
(ちっ…)
内心で舌打ちをし、大きなため息を吐く。今、自分の中で何が起こっているのか全く解からない。とりあえず、イリュアスは寝台に身を沈めた。
(竜の力に体が耐えられなかったら死ぬだけ、と聞く。私は試練を与えられているのか?)
くらくらする。膨大な魔力が自分を変えている様だ。

―ヒトから竜へ―

それがどういう事なのか、彼女はうすうすと感じていた。竜は長寿で有名なエルフの何倍も生き続ける。それも成人以後殆んど変わらない姿で。短命な者でも五百年はざらに生きるらしい。そして、今は竜特有の魔力に肉体が耐えられるか否か、試されていると言っても過言ではない。
(シルクレアは何か知っているのか?)
その疑問を、彼女はとりあえず保留にしておいた。彼女は医者か医療系魔導士に診て貰え、と言っていたからだ。竜について詳しく知っているなら、何か言うだろうし…。
「私は…竜の何なのだ…」
『近衛騎士』か『婚約者』か『後継者』のどれかに、自分は選ばれた。そして、その相手は…誰なのだろうか?そうこう考えているうちに、彼女は再び眠りに付いた。

 スタッフルーム。夕方分の仕込みを終えたベヒモスは、妻が戻ってきたのを確認すると素早く歩み寄った。
「イリュアスの様子はどうだった?」
「予想以上に体が反応しているわ。魔力の暴走が激しいの」
シルクレアの答えに、ベヒモスが表情を曇らせる。眉間に深い皺が出来、深刻そうな表情だった。
「制御しきれないか。やはりな…」
「やはりって、どういうことなのよ」
シルクレアもまた心配そうに夫を見やる。彼は一つ小さく溜息を吐くと言葉を続けた。
「いや、あのサークレットを持った時に感じたことなんだが。元々彼女自身に人並み以上の魔力があった。だから制御の為にあれをつけていたようなんだが…」
一拍の間。イリュアスに触れたときの感覚が一瞬だけ、全身に蘇る。長時間触れていたら幾ら千年以上生きる精霊の彼や魔族のシルクレア雖も、命の危機に瀕する。それだけの魔力を維持できるのは竜と神族のみ。
「イリュアスは生まれながらに紋を持つ、と言っていた。おそらく、早くから見定めていたんだろう…。心身ともに強くなり、魔力も比例して強くなった。それにサークレットが耐え切れなくなった」
ベヒモスは自分の推理をしていく中で、紋様の事を思い出していた。あの紋様を、彼は何度も見た事がある。しかし、その誰もが男だった。みんなサークレットを付けてはいたが、イリュアスのような反応を見せる人間は居なかった。
(あの方も、試していた…というのか?)
彼は考察を止め、再び口を開いた。
「魔力の暴走は、彼女が竜になる過程で起こる事。だけれども、アレは酷い…。予想以上に反応が進みすぎている。あの方も焦っているのかもしれない」
その言葉に、シルクレアは不安を隠しきれなかった。僅かに震える体を夫が背後から抱きしめる。
「大丈夫だ。イリュアスなら、きっと…大丈夫だよ」

 その会話を、盗み聞きしていた者がいる。先ほどの客人、ユエフィである。彼は夫婦の会話を聞き、内心で舌なめずりをした。
(…吉報だな。あの方もきっと喜ぶだろう!)
彼は懐に隠し持っていた水晶を、ぎゅっ、と握り締めた。
by jin-109-mineyuki | 2006-01-05 19:16 | 小説:竜の娘(仮)