突き出された拳、舞い上がる脚。丁寧に形をなぞるのは、セイレーンの武道家だった。彼は架空の敵を相手に、戦っている。繰り出された技に空気が唸り、月の光を浴びた青い髪が水面のように煌いた。
「蝶のように舞う」
「……体が少し重いですね。体重を落としたほうがいいでしょうか?」
そんな事を呟きながら、ニルギンは首を回した。ここ数日なぜか眠る事が出来ない。だから眠る前に少し、こうして鍛錬する時間を増やしているのだが。
(最近、何故か成長していない気がするんですよね……)
どんなに鍛錬を組んでも、自分が成長したという実感が持てない。そのぎこちない体が、とてもじれったく、ニルギンにとって重い物だった。
(このままでは、私はだれも守れないかもしれません。……いいや、弱気になってはだめです。私は愛する人に誓ったんですから!)
迷いを振り払い、呼吸を整える。そして神経を集中させる。自分のやれることからやって行けば、きっと……。
その肢体は伸びやかに月光を踊る。靡く足の軌跡に夜露が弾け、放たれた拳が空を打つ。青々とした瞳の先に、見えない敵を映し、その全てに気を纏わせて。
―私には守りたいモノがある。
蹴りあげられた影、踊る青い流れ、煌いた銀。風が裂かれ、布とともに歓声を上げる。踏み込まれた土が悲鳴を上げ、その空間は矢の如き蹴りに穿たれる。
―私には愛しい人たちがいる。
くるり、と舞う体。うっすらと浮かんだ汗すらも彼を飾る宝石に見える。青白く輝くベールを切り裂く、刹那の見えぬ刃となり、若いセイレーンは踊る、踊る、踊る。
―私には誓った事がある。
さまざまな思いを胸に、ニルギンは舞を舞い続けていた。傷ついた仲間たちの顔、散っていった仲間たちの顔、今を生きる仲間たちの顔、大切な仲間たちの顔……。脳裏に浮かぶ笑顔を胸に、そして、それらを曇らせる敵を穿つために…
「私は、戦うっ!」
眠れぬ夜に、ふと、窓の外を見る。と、外でニルギンが鍛錬する姿を見ることが偶にあった。その姿を見たものは、みんなこう言った。
「月夜に鍛錬をするニルギンは、まるで天女のようだった」と。
どこか朧気な雰囲気を漂わせながらも、瞳に闘志を宿らせるその様に、言葉を失う者も少なくはなかったらしい。その事を本人に言っても彼は「偶然ですよ」と曖昧にしか答えなかったが。
使用お題
『むげファン参加者に30のお題』(すみません、製作者は誰ですか:汗)
あとがき
久々にお題消費。ぼちぼちやります~。まぁ、いろいろありますから遅くなる可能性もありますけど、できるだけ毎月更新できたらいいな、とはおもっています。