ある野良魔導士の書斎

fureinet.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:小説:竜の娘(仮)( 39 )

第二話:呼ぶ声、呼ばれる者(1)

 イリュアスが目覚めると、エルデルグが心配そうに彼女を見つめていた。例のサークレットはベヒモスが修理する、と持っていってしまったためにそこにない。
「エルデルグ…」
ぼやけた頭のまま、首だけを彼のほうに向ける。魔力のうねりが音もなく全身を駆けている現在、身体が熱っぽくて気だるかった。
「大丈夫か?熱、あるみたいだけれど…」
エルデルグはイリュアスの額に浮かんだ汗をそっと拭いつつ問いかける。心配をかけている、と思うと胸が痛い。同時に左腕の紋様が僅かに痛んだ。…と、そこで何か思い出す。
「紋様!」
「イリュアス?!」
彼女がガバッ、と起き上がる。そして勢いよく服の袖を捲り上げたが左腕の紋様は異変を起こしていなかった。
(あれは、夢だったのか)
それを確認すると、ふぅぅ、思わず安堵の息が漏れてしまう。緩まった表情がエルデルグにはちょっと可愛く思えた。
「怖い夢でも見たのか」
「えっ?」
きょとん、としてしまうイリュアス。エルデルグは自然と優しい笑顔を彼女に向ける。そっと頭を撫で、そのまま髪の感触をちょっと楽しんでみる。
「エルデルグ?」
「いや、ずっと苦しそうだったから…」
彼はそっと髪を撫で続け、心配そうな顔になる。それになんとなく安堵感を覚えてしまった。だから口元が僅かに綻んでいた。
「すまない。ちょっと、な」
紋様が全身に広まったのは夢なんだろうか。口に出さず、首を傾げてみる。先ほどより大分呼吸が楽になったのか、イリュアスは身を起した。
「悪いが、水をくれないか?」
「いいぜ。ほら」
エルデルグは水差しから水を汲み、イリュアスに渡す。礼を述べて飲み干すといい味だった。先ほどベヒモスが持ってきてくれたからまだ冷たかった。火照った身体に滲みていく冷たさがとても心地よく、表情が僅かに緩んだ。深く吐いた息。首筋や額を流れていく汗の感触がわかると額の濡れタオルで拭う。サークレットがない額はちょっと違和感があった。ちょっと曇る表情を見、エルデルグが口を開く。
「サークレットの修理ならベヒモスに任せたよ。あの人の人脈は広いから」
「…そうか」
イリュアスは頷く。修理が必要、という事は魔力関連で何かあったのか、と納得したのだ(留め金とかはいつも点検していてわかっている)。彼女はもう一杯水を飲み干すともう一度眠ることにした。夕食になったら起こしてくれ、と言うと軽く目を閉ざし、深いため息を残して眠ってしまった。それを確認すると、エルデルグはそっと部屋を出る。気になる事があった。ベヒモスが紋に反応したがあれはどういう意味なんだろう。興味が湧いた。だから、彼に問う。まだ夕食の仕込みまで時間があるはずだ。彼はモノクルを正し、階段を駆け降りた。
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2005-08-13 20:33 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)

第一話:目覚めた眠り姫(7)


 イリュアスはまた夢を見ていた。幼い頃の夢だ。樹海の奥深くにある小さな武道を重んじる集落。そして、そこに伝わる一つの伝承。

 嘗て、集落の祖先たちは別の島に住んでいた。しかし島は沈み、命からがらこの大陸に流れ着いた。川を伝って歩き、島と似た環境の場所を探したところ今の場所に落ち着いたという。しかし、そこには強力な魔獣が封印されていた。安心して暮らすために祖先たちは態と封印を解き、魔獣と戦った。しかし、それは強く、何人もの人が食べられたり、殺されたりした。そこを救ったのが代表して封印を破った若者、イリュディアだった。彼は愛用していた斧で魔獣の懐に潜り込み、その心臓を切り裂いた。魔獣は消滅し、イリュディアは民の英雄となった。彼の左腕には奇妙な紋様が浮かんでいた。

それから数年後。村の中から同じ紋様をもつ男の子が産まれることがあり、彼らは皆、成長するとイリュディアのような英雄となった。

 そんな事があり、紋様を持って生まれた赤ちゃんには古代の言葉で『封印』を意味する『イリュ』をつけた名前を与える事になった。この紋様を持った人間は、大きな力に目覚めていく存在だった。

 しかし、イリュアスは女性だった。それは集落が出来て以降初めてのことだ。だから彼女は…十歳になるまで男の子として育てられたのである。そして、魔力の制御を行うためにサークレットを与えられていた。

(何故女である私が…紋様を持つ?)
イリュアスはずっと不思議に思っていた。村には一切資料がない。紋様をもつ人間は彼女以外男しか生まれていないのだから。イリュディアを初めとする紋様保持者は約五十年周期で生まれていた。彼女で丁度十人目にあたる。
(何故私は…この紋様を持つんだ?)
イリュアスは夢の中で、何度も紋様を撫でていた。鉤束のような、奇怪な紋様。僅かに脈打っているような、生きているよな…。
「私の力とは…何なんだ?」
彼女はそっと、紋様に問いかけた。

―瞬間。

ピキッ、ピキピキッ!
「!」
イリュアスの目が見開かれる。紋様が生きたようにその線を延ばし始めたのである。クモの巣をも思わせる、細い模様もあれば太いラインで鎖のような模様もある。腕から広がり、手の甲にも幾何学的な紋様が走る!
「ああっ…!」
身体が火照り始めた。黒い線が身体を掛けていく。顔、身体厭わず漆黒の線に彩られる。走っていくのがありありとわかった。僅かな痛みと快楽が、全身を覆っていく。頭がくらくらとした。けれど全身から力がみなぎるようだ。それに酔いそうで怖い。力のままに暴れそうだ。
(耐えなければ)
そう思うが、口からは甘くも荒い息が、呻きが漏れていく。
(私の力は…一体…?)
苦しみながらも、ふと、考える。その力はこれなのか。そして、何のための力なのか。何度も、胸の中で繰り返す。その間にも線は身体をなぞって行く。
(なんだろう、この絶対的な力は。なんだか、深い。そして、優しい…)
頭が痛くはない。魔力が上手く流れていく。これだったら何でも出来そうだ。そんな気がする。
(私は、この力をどう使えばいいのだろう?)
ふわふわとし始めた意識の中、イリュアスはふと、こんな事を考えた。自分の力が何かはちょっとわかった気がする。けれど、はっきりとは判らない。
「くっ……」
身体が軋む。その振動が全身に響き、思わず顔を顰める。それでも、彼女は眼を開いた。
「私の…力は…」
身体の痛みと、全身に回る紋様。ふと、両腕を見る。と、それは何処か竜のような印象を持った。途端に、それが何か解かったような気がした。
(もしや、この紋様は竜紋なのか?…だとしたら…)
竜紋。竜の力と共鳴する存在、竜と契約した存在が貰い受けるもの。そして、それが全身に回るという事は三つの可能性を秘める、とされていた。一つ目は竜と、彼らが生きる場所を守護する『竜の近衛騎士』。二つ目は竜に見初められ、祝福を受けた『竜の婚約者』。そして、三つ目はいつか竜となる事が運命付けられた『竜の後継者』。このどれかに、自分は選ばれたことになる。イリュアスは思わず息を呑んだが、そのまま意識が闇へ引きずられて行った。目覚めた竜の力を感じながら…。

(第一話:完)…第二話に続く
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2005-07-24 20:39 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)

第一話:目覚めた眠り姫(6)


「まあ、いい。…それにしても、何かあるぞ。この魔力は常人のものじゃない」
少し考え込むエルデルグを確認すると、ベヒモスは目を閉ざし、指で印を組んだ。強力な魔力を発するイリュアスを庇おうと、結界を張ったのだろう。
「…千年以上生きた精霊の魔力に近い。いや、それ以上だな」
エルデルグが何か問おうとしたがベヒモスは一人呟いて声がかけられない。彼はイリュアスの左腕に手を翳し、何か調べているようだった。
「そこには痣がある。…なんか奇妙な」
「奇妙な?」
気が付いたエルデルグがベヒモスに助言する。精霊は聞き返しつつもそっと、傭兵の左腕を取った。すっ、と彼女の腕を捲くる。…目に飛び込んできたのは鉤束のような縦長の痣だった。途中に目のようなものもある。そして、それにベヒモスは見覚えがあった。ごくり。彼の喉がなる。生暖かい汗が、だまって背中を流れて行った。
「おい、どうしたんだ?」
「い、いいや…何でもない」
ベヒモスはそそくさと袖を戻し、そのまま脈を図る。序に魔力も見る。…暴走しかけている魔力は行き場がわからず、彼女の身体・精神を駆け巡っていた。
(これは…拙いな)
深い、深いため息が漏れる。彼はエルデルグの目をじぃ、と中まで見えるように見つめた。
「お、おっさん?」
強い眼差しにたじろぐエルデルグ。
「…例えばの話だ」
「?」
ベヒモスは真面目な顔のまま、エルデルグの目を見続ける。若者の背中に冷たい汗が流れた。
「本当に心から愛せる人ができたとする」
「はぁ…」
「その人にとんでもない力があって、制御できずに苦しんでいる。そして、制御できなかったらその存在はおろか、世界までもが秩序や命を失ってしまう」
「……ん?」
「リミッターになれるのはその存在が心から信頼できるパートナーだけだ。しかし、失敗すればお前の命も…魂も危うい。それでも、お前は…力になるか?」
なにを言い出すんだろう、この人は。エルデルグは半分呆然となりながらベヒモスを見た。しかし、彼はあくまでも真面目な顔をしていた。

 空の魔族であるシルクレアはいつでも翼を召喚し、空を舞う事が出来る。大空は彼女の支配エリアといっても過言ではない。そんな彼女が思わず飛行中に落ちそうになるほどのニュースが伝えられたのだ。それを先ほど夫である精霊に言った所である。
「もう、そんな時期なのね…」
彼女はそういいながらはるか南を見つめた。そこには大きな海があり、竜がいる。人々が『竜王の海』と呼ぶ恵み豊かな海だ。
「貴方が、呼んでいる存在が…イリュアスなの?」
彼女の声は、僅かに震えていた…。

 そして、同じ頃。四枚翼の青年を伴ったエルフは不敵な笑みを零し、シルクレアと同じ方向を見ていた。『竜王の海』の何処かに、本当に竜の王の一頭が存在する、と睨んでいた。
「その竜を…是非とも愛でてみたいものだね。私の腕の中で」
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2005-07-16 10:10 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(1)

第一話:目覚めた眠り姫(5)


 昼食後、イリュアスは再び眠りだした。精神的な疲れだろうか?心配になったエルデルグは近くの椅子に腰掛けたまま、彼女を見つめた。一見、そこらにいる女の子となんら変わらないが彼女は傭兵だ。一体どんな理由で傭兵になったのかは解からない。
(大丈夫かなぁ、イリュアス)
腕の紋といい、頭痛ついい、何かある。絶対に、なにかあるぞ、と考えているとノック音がした。誰だろうか?
「はい」
エルデルグが答えると、穏やかなベースのような声が聞こえた。聞き覚えがある。料理長のベヒモスだ。
「ちょっと、いいかな?」
「イリュアスは眠っていますけれど、いいですよ」
その答えに彼はそうか、と呟き、ゆっくりと扉を開けた。ベッドの上では傭兵の女性が穏やかな寝息を立てて眠っている。料理長は顎の不肖髭を撫でながら彼女を見、僅かにだが表情を曇らせた。
「あまりいい具合ではなさそうだな」
そういい、もう少し歩み寄る。精霊であるためかイリュアスの身体から放たれる魔力をありありと感じ取れた。おかしい。怪訝そうな眉間の皺。それをみたエルデルグは首を傾げる。
「どうしたんですか?そんなにイリュの具合、悪いんですか?」
「…いや」
ベヒモスは首を軽く横に振る。しかし表情は曇ったままだ。イリュアスの身体からは常人以上の魔力が放たれている。それは制御しきれず、彼女自身を苦しめている。長年生きた精霊の勘が、ベヒモスにそう教えている。彼は長年生きた大地の精霊だ。エルデルグは彼の酷く心配そうな顔に不安を覚える。なんだが、胸が苦しくなってしまう。精霊は狼の耳を一度ピクリ、と振わせるとそっと彼女の顔を覗き込んだ。額に目をやると、いつもつけているサークレットが無い。十字架の付いた、あのサークレット。いつも彼女がつけているものが。
「エルデルグ。イリュアスのサークレットは?」
ベヒモスの問いかけに、青年は傍においていたサークレットを手にした。
「ここだ。…これがどうかしたのか?イリュアスはこれで頭痛を抑えていたって言っていたけど」
不思議そうに見つめるエルデルグに、ベヒモスは変わらぬ表情で貸すように手を伸ばす。若干躊躇したものの、エルデルグはベヒモスにそれを渡した。途端、彼は目を見開き、まじまじとそれに見入る。あらゆる角度から其れを見てはイリュアスを見た。精霊が何かを感じるほど、それに魔力があるのだろう。ベヒモスは一見ただの人狼族だが二千年は生きている地の精霊だ。それ故に普通の人間では考えられない程の魔力を内包していてもコントロールが利く。その彼が僅かながら苦しそうに見えた。エルデルグは不安になり、思わず声をかけた。
「ベヒモス…?」
「お前は感じなかったのか?…これは一応、特殊な魔力を制御する物なんだが…それの機能がかなり弱まっている。…イリュアスが持つ魔力が…弱めているんだ」
ベヒモスは僅かにだが興奮しているように思えた。強力な魔力に魔族や精霊は異常に反応する。自分よりも強力な力には逆らえず、場合によっては陶酔状態でその存在を消されてしまう場合もある。ある意味命がけの快楽とも言える。
「…あ」
エルデルグは何か思い出したようにピアスに触れた。彼は人間であるが曽祖父が精霊であったため常人より魔力は若干高い。それを押さえるためにピアスをしていたが…それが押さえたらしい。が、それにしてもおかしい。普通の其れならば、何らかの反応を示す筈。それなのに自分は全くなにも感じていないのだ。
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2005-07-09 11:05 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)

第一話:目覚めた眠り姫(4)


さぁぁ… さぁぁ…
暗闇の中、何処からか波の音がする。酷く懐かしい気持ちが私の中に込み上げて来た。波の音に紛れて、優しい声がする。何故だろう、心の奥底から、力が沸いてくる。暖かい気持ちも、何でも出来そうな思いも。痛んでいた傷が癒えていく。
『イリュアス』
私の名前だ。誰かが私を呼んでいる。声の主を探そうとしても、誰も居ない。ただの暗闇がそこにある。
『イリュアス、痛い思いをさせてすまない』
誰かが言う。聞き覚えのあるような、無いような声が私にそう言う。何も分からない。だけれど、絶対的な安心感が、そこにあった。
『君は、既に目覚めているんだ。あとは、その力を知るだけなんだよ』
何のことだか、さっぱり分からない。目覚めているって、何の力が私に目覚めているというんだ。
「誰だかわからない。けれど、おしえてほしい」
私は顔を上げる。声の方向へ、思いのままに問いかける。私の紋が、頭が痛むのは何かの力が目覚めているから、と言うのらば…。
「私が目覚めた力というのは…何だ?」
『まず、それに気付きなさい』
声はそう言い、それ以来何も言わなかった。私は一人、ポツンと立ち尽くし、深いため息をついた。私は自分の力に気付いていない。私が目覚めた力というのは…なんだ?
考えているうちに、私は眠りに落ちて行った。

 昼過ぎ。イリュアスは眼を覚ました。頭痛が酷いのでベッドに横たわっていたのだが、何時の間にか眠っていたらしい。
「目覚めたね。頭痛はどう?」
エルデルグが部屋にいた。どうやらずっと面倒を見てくれていたらしい。彼は昼食も準備してくれていた。おいしそうなおにぎりが白い皿に三つ乗っている。
「いいよ。納まった」
穏やかに笑う。頭の痛みは取れたが微妙なもやもや感だけは残っていて、表情は少し暗い。
「痣はまだ痛むけれど気にするほどじゃない。ありがとう」
イリュアスは心配してくれた友達にはにかみながら礼を述べた。エルデルグはどうってことない、と頬を緩める。優しいその顔が、なんとなく好きだった。痛みも薄れた気がする。イリュアスが身を起こすと彼はお盆におにぎりとお茶を載せて彼女の腿へ乗せた。丁度昼下がり。自分の分のおにぎりもちゃっかりお盆に載せていた。
「おなかすいただろ?食べようぜ」
「うん…ありがと」
イリュアスは早速一つ取って食べ始めた。丁度いい塩加減。中身は梅だ。一口でベヒモスお手製であるという事が分かった。

 一方、食堂のある一階。ベヒモスは客が減った食堂を見、ぼちぼちと従業員の昼食も作ろうか、と考えていた。彼は大地の精霊だが、現在は人間のフリをしてここの料理長をしている。
「ベヒモス、そろそろいいんじゃない?」
そう言ったのはオーナーである妻のシルクレアだった。彼女はケープを羽織り、質素なワンピースに身を包んでいる。
「そうだな。あの客が帰ったら昼飯を作ろうと思っていたんだ」
彼は妻に優しく笑いかけ、フライパンを見せた。シルクレアはほんのちょっとだけ口元をほころばせたが直ぐに真剣な顔になった。
「話は変わるけれど、変な事を聞いてしまったの」
シルクレアは魔族である。その証拠に僅かだが耳が尖っている。彼女はカウンターの椅子に腰掛けると傍に寄った夫に耳打ちした。客に訊かれたくはない。話を聞いたベヒモスの表情が、僅かに曇った。
「それが本当ならば、その『竜紋』を持っている人間は大変だな」
彼はそういい、顎に手を当てて考え事を始めた。
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2005-05-09 11:45 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)

第一話:目覚めた眠り姫(3)


「!?」
 イリュアスは思わず痣を押さえた。左腕が、妙に痛む。紋に手を当てると、そこが何故か脈を打っているように思えた。いや、本当に脈打っている?
「イリュアス…?」
エルデルグが心配そうに彼女を見る。一瞬にして顔色が変った。それを左目は見逃さない。イリュアスは何故だ、というような顔をしていた。
「大丈夫か?傷でも痛むのか?」
「大丈夫だ、大丈夫…」
そういうものの、イリュアスはその場に崩れてしまう。今度は両手で額を押さえる。サークレットを押さえ、彼女は顔を痛そうに顰めていた。
「どこが大丈夫なんだよ」
ただ事ではない、と思ったエルデルグはそっとイリュアスを立たせると部屋へ入れる。そして靴を脱がせ、ベッドに横たえた。その間、イリュアスは額を押さえていた。
「お前、顔真っ青だぞ。一体どうしたんだ?」
彼の声に、イリュアスは何もこたえない。ただ僅かに呻き、頭を押さえる。
「頭、痛いのか?」
エルデルグの声に彼女が僅かに頷く。その仕草が何時もと違い、妙に可愛く思えるが愛でている場合ではない。急に沸いた汗を拭ってやると窓を開ける。澄んだ空気がいいだろう。イリュアスが僅かにうめき声を上げ、苦しそうに息をする。
「どうしたんだ、イリュアス…。なんで急に?」
「解からない。幼い事から、時々あったから」
ベッドの上から、イリュアスが途切れ途切れに答える。エルデルグは近くの椅子に座ると彼女の髪を撫でた。
「エルデルグ…?」
「いや、なんとなく。それにしても、なんで小さいときからそうなんだ?」
不思議そうなイリュアスの目。エルデルグは笑顔でごまかすと素直に疑問を口にした。彼女が持病もちとは思えないが。
「サークレットが無いと、腕の痛みや頭痛は激しいんだ。けれど最近、サークレットをしていても痛みが酷いときがある」
「だったら、外したらどうだい?」
友達に言われ、イリュアスは暫く考える。しかしゆっくりと首を横に振った。
「ちょっと…怖いな。あの痛みはなんともいえない。サークレットのお陰で人並みの痛さで押さえられているんだ。だから…」
妙に気になる。エルデルグは彼女のサークレットに触れ、首を傾げる。つけていても、いなくても痛い思いをするならば、別の方法で痛みをとっぱらえばいいのに。
「イリュ…」
エルデルグはため息をつき、苦しげに横たわる女性を見た。何時もの凛々しさは消え、儚げに思える。苦痛に顔をゆがめる彼女を、どうにか助けたかった。

 一方、イリュアスとエルデルグが知らない場所。一人彼らの様子を伺っている者がいた。彼はなにやら呟くと一つ頷き、その場を後にする。
「イリュアスが苦しんでいる。…完全な覚醒は近い、という事か」
彼が一人呟いていると、風が舞い上がる。顔を上げると彼の上司が待ちくたびれた、というような顔をしていた。背の高いエルフのような男だ。一方、イリュアスたちの動きを見ていた男は若干瘠せた、四枚の翼を背負う青年である。
「ご主人様、遅くなりました」
「待ちくたびれたぞ。…イリュアスの様子を報告してくれ」
エルフの男は黒髪を一本に編みつつ、青年に問いかける。青年は四枚の翼を閉ざし、その場に跪く。
「話によりますと痛みが増している模様です。例の文様が疼いているとの事。もしかしたら兆しかもしれません」
「そうか…。もう直ぐ目覚めるか…」
報告を聞いたエルフは一人、勝ち誇ったような笑顔を浮かべた。
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2005-05-01 19:45 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)

第一話:目覚めた眠り姫(2)


「元気、ないね」
ぽつり、エルデルグがそう言った。別々に朝食を取ると二人は場所を近くの公園に移し、話していたのだが開口一番、彼は瞳を重ねて言い放った。イリュアスはドキリ、としてしまう。ほんの少し頬が引きつったが、気にしない事にした。
「そう…かな?」
「ああ、なんだか元気ない」
イリュアスの声が少し細くなる。何故か怯えているような気もするエルデルグ。彼は僅かに首を傾げつつも頷いた。若草色の目が優しくて、思わず頼りたくもなる。けれどそんな所を見せたくはない。同業者だから。
「疲れでも溜まっているんだと思う」
そっけなくそう言うと、イリュアスは身を翻した。今日は一人で町を歩こう。少し何時もと違う事をしてみれば、少しまともに戻るかもしれない。そう思うほどに今の彼女は『自分』から言えば『調子が狂っている』状態だった。今の自分は冷静ではない。すぐ感情的になる。そして、油断すれば、あの人の事を思い出してしまう。
(あの人、今頃どうしているんだろう)
何気なくそんな事を思い出し、唇を噛み締める。慌ててかぶりをふり、早足になって止まっている部屋に行く。
「イリュ?お、おいっ!」
エルデルグが追いかけるがイリュアスは振り向かない。ずんずん、廊下を進み、階段を上る。思い出していると泣きたくなる。そんな事で泣くなんて、自分らしくない。やっぱり、どこか狂っている。明日にはここを出よう。別の仕事に請け負わなくては。そうだ。戦いの中に身をおけば…。バタン、と戸を閉める。エルデルグは必死に追いかけてドアを叩くがイリュアスは聞かないことにした。服を着替えようと思い、鞄を見る。が、そこには何時もの戦いに向いた、質素な服ばかり。まあ、仕方ない。自分は『自分』であって、『女の子』とは程遠い。思い込んでいる間、エルデルグはイリュー、と間延びした声で呼んでいる。
「少し、困らせてやるか?」
イリュアスはくすり、と笑って自分に問う。しかし一度首を横に振り、扉を開けた。エルデルグはやはり心配そうな顔で彼女を見ている。が、何時ものような表情の友達に、彼は少し内心で、安堵の息を吐いた。
「機嫌を損ねたようだね。悪かったよ」
「いや、私こそ大人気ないことをした。…すまなかった」
イリュアスはそう言うともう一度廊下に出た。部屋に鍵を掛ける。宿の外に出かけながら、必要な物を考える。ああ、そういえばマーマレードが無くなっていたな、と思い出す。
「買い物へ行こう。…出来れば、『仕事』の情報も探しに」
「了解!」
エルデルグはにっ、と陽気に笑った。楽しげな彼が、イリュアスには少し眩しく映った。
その時、僅かに左腕がドクン、と音を立てた。
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2005-03-28 10:44 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)

第一話:目覚めた眠り姫(1)


  「ん…」
寝台の上で、イリュアスが目を覚ます。一見男性のようにも見える整ったハンサムな顔立ち。胸は小さいがふんわりと弧を描き、腰も程よく括れている。力なく横たわっている今はどことなく愛らしく思えるだろう。
「もう、朝か」
彼女はそう呟くとあくびを噛み締めながら寝台を降りた。ここは小さな町の宿で、既に二日ほど滞在している。身支度を整え、部屋を後にすると下にある食堂へ向かった。ここは三階建てで一階が酒場兼食堂、二階と三階が宿になっている。
「おはようございます」
イリュアスは食堂の主人に頭を下げる。ここは友人の叔母が開いた宿で、いろいろと浴してもらっている。経緯を聞いたオーナーは気持ちの整理が付くまでここにいるといい、と言ってくれた。
「おはよう、イリュ。今日の朝食はどうする?」
狼のような耳と尻尾を持つ男が問う。彼は大地の精霊の血を引いているため、こういった姿をしているのだ。
「よかったら砂糖入りのオムレツとバタートースト」
「了解。食後の紅茶は?」
「アールグレイがいいな」
わかったよ、と頷くと彼は厨房の奥へ行ってしまった。そのたくましい背中を見送り、イリュアスは外を見た。澄み渡る青空に雲は一つも無い。
「今日で、一ヶ月か」
告白し、断られてから。そんなことをおぼろげなから考えていると胸の奥が僅かに痛む。もう少し寝ておくべきだったかな、とか、もう少し早く起きるべきだったかな、とか考えているといい匂いがした。給仕をする少女から水を受け取り、喉へ流し込む。新鮮な井戸水は寝起きの彼女を奥底から目覚めさせる。
「イリュアス、久しぶり!」
急に声がし、振り返ると見覚えのある青年が笑っている。片眼鏡(モノクル)をかけ、シャツとベストとロングパンツを身に着けてネクタイを締めていた。同じ傭兵ではあるが、同時にルポライターでもあるエルデルグ・ベイグランドは久方ぶりに友達にあい、ニコニコと笑う。
「君もここに泊まっていたのか」
「いや、友達の家に泊まっているんだ。ここには朝食を食べに」
彼が目で後ろからくる青年を指す。穏やかな顔をした、白い髪の青年だった。
「イリュアスは泊まっているんだね」
「ああ。暫く滞在する心算」
彼女はそういって、もう一度水を飲んだ。
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2005-02-25 16:34 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)

前奏:失恋の傭兵


 あんな思いは初めてだった。
 今思えば、一目ぼれだったな、と思いつつ一人の女性がベッドに横たわった。頬には幾すじもの涙のあとが走っている。微かな音を立てて濃い灰色の髪が毀れていく。白いシーツに流れる灰色。薄暗い部屋で一人、彼女は枕を抱き締めた。額のサークレットが重く感じる。
(仕事にも影響でるぐらいだ。…重症だ)
普段ならばしないようなミスを沢山してしまった。いつもぼーっ、としていた。彼の傍にいるだけで妙に胸が締め付けられた。悩んでいるように見えて、どうにか力になりたいと思い続けた。だから、思い切って問いかける。けれど相手は何も悩んでいなかった。全てが自分の思い過ごしだったのだ。

 仕事が終わり、顔を真っ赤にしながら告白した。けれども相手には今、好きな相手がいた。
「ゴメン。お前の気持ちにこたえられなくて…。それにオレ、お前を仲間としか見ていなかったし…」
取り乱すわけにもいかないけれど、体中が痛くなったのを覚えている。泣きそうでも必死に何時もの冷静さを保とうとした。そんな彼女を、仲間はそっと抱き締めた。

初めての恋だった。
深く、愛したかった。

「恋って、苦しいものなんだな。病気とはよく言ったものさ」
枕に顔を埋め、溜息混じりに呟く。胸が痛む。なんだか立ち直れそうもない。こんなに弱い自分がここにはいる。多分、戦う事もできないだろう。…傭兵として失格だな、と彼女は自嘲する。ふと、顔を上げると一羽の隼が止まり木で眠っている。
「カリア、私はこれから暫く休養をとって…自分と向き合おうと思う」
彼女はそう呟くと深く目を閉ざした。…左腕が激しく痛む。右手で押さえつつも声を漏らさず、そのままベッドに体を預け続ける。
(またか。何故こうなるんだ)
酷い苛立ちを覚えながら、彼女は静かに眠りへ落ちていった。

 イリュアス・ツクシ。サークレットをつけたハンサムな女性傭兵は、傷ついた心を枕ごと抱き締め、仮初の安寧に身をゆだねる。しかし、彼女の人生を変える事件は既にはじまっていた。

あとは、主役の彼女が目覚めるだけ。
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2005-02-19 18:57 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)