ある野良魔導士の書斎

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カテゴリ:小説:竜の娘(仮)( 39 )

第四話:惹かれ合う力、交じり合う思惑(3)

 イリュアスはとりあえず自分に宛がわれた部屋に入った。レヴィアータンことリナスは「好きに使って」と言っていた、質素だが美しい部屋だ。清潔で、天井には優しく光る白い石がはめ込まれていた。奥にはふかふかとしていそうなシングルベッドがある。
「少し休ませてもらおう」
ドタバタと魔力制御で疲れたイリュアスは、安堵の息を吐き、ベッドに横たわる。低反発素材を使っているのか、彼女の肢体はゆっくりと沈み込んでいく。
(気持ちいいな)
溜息をもう一つ。すると瞼がとろん、と重くなってきた。なんだか、数日振りに安眠できる気がする。そんな事を思っているうちに、イリュアスは深い眠りへと落ちて行った。

 一方玉座。リナスはユエフィをベヒモスに預け、彼女もまた席を立つ。僅かによろめいた所をシノンが支えた。クウジュもまた、心配そうに駆け寄る。
「大丈夫か、リナス…」
「なんだか、顔色が優れませんよ?」
二人の騎士に言われ、彼女は苦笑を浮かべる。流石に隠し切れないと悟ったのか、リナスの唇が、少し震えながら開く。
「少しだけ、彼女の戸惑いとかが…影響しているの。魔力も流していることだし」
「だったら、大人しく寝ていたほうがいいんじゃねぇのか?」
シノンが何時になく真面目に言う。クウジュも賛成らしく、一つ頷いた。彼は元々医者である。何処からともなく診察道具を取り出すとシノンに
「リナス様を運んでください」
と指示を下す。が、シノンは顔を曇らせる。最低1人は玉座を守らねばならないのだ。
「それだったら運んだ後に貴方が戻りなさい。その間は私の分身に守らせますから」
「だったら話が早い。オレは先に行くから、診察は頼むぜ?」
合点の言った人魚族の男は素早く主を抱え、彼女の部屋へ向った。玉座に残ったクウジュは呼吸を整えて呪文を素早く唱え、己の分身を生み出す。そして、分身に玉座を守るように、と命令し、友人の後を追った。

 二人はまだ知らない。眠りだしたイリュアスと、倒れたリナスの体に、ふんわりと竜紋が浮かんでいた事を。

 その頃、ベヒモスはユエフィと向かい合っていた。この神信仰者は何をしてかすかわからない。念のために見張っているのだ。
「もう、アイテムは無い。それに術だって封じられている。今のオレは無力だぜ?」
ユエフィは少しだけ肩をすくめ、苦笑する。しかしベヒモスは無反応だった。疑わしい、という眼を向けるだけ、である。
「言っておくけど、オレは下っ端で、工作員でしかない。イリュアスを狙う主は、確実にこの宮を探そうとしている」
「発信機の類は全て取り去ったが?魔術も断ち切っている」
ベヒモスは淡々といい、空になったユエフィのカップに紅茶を注ぐ。柔らかな匂いが、二人の鼻をくすぐった。その間にも、胸に不安が過ぎってしまう。
(…あと二人の騎士…どちらかが魔力の痕跡を消してくれるといいのだが。それ以前に、事件に気付いているかが問題だな)
ベヒモスは少しだけ表情を曇らせ、しかし、ユエフィに悟られぬよう涼しい顔に戻る。ユエフィはユエフィで少し考え事をしていたのか、僅かに俯いていた。
「まぁ、とりあえずは客人としてもてなそう。リナス殿は心のお優しい方だ(しかし、あまり嗅ぎ回ると痛い目を見ることになるからな)」
「そういうことなら、ありがたいね。…お言葉に甘えてゆっくりさせてもらうよ(その隙にイリュアスを狙う)」
二人は内心で幾分か付け加え、何処と無く不敵な笑みを浮かべあった。

 一方、ディフェイの小さな診療所。そこの主であるパトスは傍らにいる娘の目を見て言った。
「暫くの間、出かけてくる。診療所とバンを頼むぞ、カノン」
「承知した。拙者に任せておけば万事大丈夫だ」
カノンと呼ばれた女性は、ベヒモスの子の一人だ。そして、パトスにとっては医術の師でもある。一見パトスの方が師匠に見えるが、カノンは千年以上生きる大地の精霊である(と、いう事はベヒモスはそれ以上生きている事になる)。
「それにしても、イリュアスは無事だと良いな」
「無事だろ、と思う。…体はどうか解らんが」
パトスはカノンの言葉に頷きかけるが、険しい表情で止める。そして、少しだけ険しい顔をした。
「しかも、奴が関わっていそうなんだ」
「…例の男か?」
カノンが問うと、パトスは頷く。そして、どこか遠くを見るような眼で溜息をつく。
「ああ。まさか、とは思うが…そんな気がしてならない。奴は強大な魔力を求めていたからな」
そこまで言うと、彼は僅かに唇を噛み締める。脳裏に浮かぶ黒髪の男が、くぐもった笑い声を上げているように思えた。
「…ヴァニティス、てめぇが…イリュアスを…?」
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by jin-109-mineyuki | 2006-12-01 15:21 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)

第四話:惹かれ合う力、交じり合う思惑(2)


 食事を終え、エルデルグとハィロゥは一先ず食堂を出た。そしてエルデルグは辺りを見渡す。
「さて、行くかな」
「友達を探しに?」
ハィロゥに問われ、彼は頷いて歩き出す。その方向はハィロゥの向かう先でもあったので付いていくとエルデルグは不思議そうな顔になった。
「お前もこっちか?…金なら早めに頼む」
「方向が向こうなんだ。海のほうに、ちょいとな」
ハィロゥが言うとおり、二人が向かおうとしていたのは、海だった。このまま行けば洞窟がある岩場に出る、と漁師からは聞いている。
(イリュアスも、その岩場にいるのかな)
エルデルグはなんとなくそんな気がして、そっちへ行く事にしていた。ハィロゥは1つ頷くと無造作にエルデルグの顎へと手を伸ばす。一瞬だけ、青年は身を竦ませるも、ハィロゥの目は妙に澄み切っていて、いろんな意味で緊張が解れていく。
「…ふーん、よく見れば見るほど、いい眼だな」
「?」
訳もわからず首を傾げるエルデルグだが、ハィロゥは僅かに微笑んだ。優しい、おおらかな笑顔。それが、何かに似ていて、不思議だった。
「お前の探している人は…もしかしたら、あの場所にいるのかもしれん」
青年がどういう事だ、と問いかけようとすると、彼ははっきりと言い切る。
「あいつが、我輩を呼んでいる」

 海竜の宮。イリュアスはその玉座でリナスと再会していた。さっきお風呂で話していた相手が、現在の海竜王だった!?その事実が身を強張らせてしまう。優しい笑顔で席を離れ、リナスはイリュアスへと歩み寄る。ゆっくりと両手で彼女の頬を包み、やんわりと微笑んだ。
「可愛いわね、私のプリンセス」
そう言われ、心中はむずがゆい。そんな事を言われたのは幼少以来だった。イリュアスは途惑うものの、リナスは笑顔のまま。
「白いフリフリワンピース、似合ってるねぇ~」
ユエフィが思わずそういう。ベヒモスは思わず頷きかけるが止め、あくまでも平静に振舞う。シノンとクウジュも頬が緩むのを堪えていた。
「か、可愛いだなんて…言わないでください。恥ずかしいです」
「そんな事、言わないで頂戴。あなたは私が見定めた後継者候補なんですもの。可愛くて当たり前よ」
そんな事をいい、リナスがイリュアスを立たせる。両手を繋いだまま何かを囁くとイリュアスの全身に軽い痛みが走った。魔力が高ぶり、ぼんやりと竜紋が浮かび上がる。時期に体の左半分が紋で覆われようとしていた。
「上手く適応している証だわ。イリュアス、解る?」
「ええ…」
イリュアスは頷き、僅かに俯きかける。魔力がうねり、どこか躊躇しているようにも思えてならなかった。それをリナスも気付いているらしい。表情が僅かに曇っている。
「とにかく、貴女が誘拐されかけた事はベヒモスから聞いているわ。暫く、ここでゆっくりしていきなさい」
リナスは心から優しい顔になり、そう言った。

 食事を終えた黒髪のエルフは、一人佇んでいた。ウタカタ族の男から、僅かに竜の匂いがした。
(こっちの方に、竜がいるな)
顔を上げる。全身に染み渡る竜の魔力。そして、それを跳ね返す神の力。彼はにっ、と笑うと一歩踏み出した。
「ユエフィ、良くやってくれたよ。君は運がいい」
それだけ言い、そのまま歩き出す。そして、魔力が集って絡まり、一本の杖を生み出す。闇よりも深い杖。はめ込まれた珠は血よりも赤い。鳥の翼を模った紋様が銀色の魔力を煌かせ、薄っすらと空気に残像を浮かび上がらせる。
「イリュアス、君を我が物にして見せる。生きた魔力ブースターとして、その命、使わせてもらおう」
彼はにぃ、と笑いながら遠くを見つめた。そして想像する。鎖につながれた竜の乙女。彼女は淑やかに眼を閉ざし、従順そうな雰囲気をまとって跪いている。彼女の魔力は多くの実験で効果を発揮するだろう。
「それに竜は……竜は所詮世界最強の愛玩動物なのだよ」
杖を握り締める。彼の横顔に冷たい笑みが浮かんでいく。彼は信仰する神に祈りを捧げ、深く息を吸った。興奮を鎮めるためでもある。ここでしくじるわけには行かない。慎重にしなければ…。
(それにしても)
と、彼は思う。イリュアスは力を制御できないらしい。このままでは安定した実験結果を得る事が出来ない。
(何故だ?)
彼は不思議に思いながら、僅かに唇を噛んだ。
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by jin-109-mineyuki | 2006-11-19 10:42 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)

第四話:惹かれ合う力、交じり合う思惑(1)


 漸く東の空が白くなり始めた頃、エルデルグたちは漸く海辺の町へたどり着いた。小さいが活気のある港町、ヒス・レシェレは今日も穏やかで、多くの船と人で賑わっている。沖合いではまだ何艘かの船が漁を行っていた。
「いい景色だ。…そうだな、ちょっとメシでも喰うかな~。朝市に隣接する定食屋の朝飯は美味いんだぜ?」
「…その前に、俺は人を探さなくちゃいけないんだ」
ハィロゥの提案に、エルデルグは首を振る。しかし、ウタカタ族の青年はバンッ、と力強く肩を叩き、ヒトの青年は思いっきり前へつんのめる。
「だったら尚更飯が必要だ。体力、もたへんぜ?」
ハィロゥが問答無用、というような笑顔を向け、むんずと彼の首根っこを掴む。そのまま引きずって食堂へと彼を引き込むさまは、何かが違うような気がした。
「だからって、そこを、掴むな!」
エルデルグは身を捩って手を外すし、一つ、荒く息を吐いた。

 食堂に入ると多くの人が食事を取っていた。競が始まる前に軽く食事を取ろう、という人々だろう。その証拠に首には薄緑色の金属タグが下がっている。
「あのタグが無いと競には参加できないのか?」
エルデルグはそれらを見てふと疑問を持ち、ハィロゥは頷く。
「まーな。所によっては帽子につけてるところもある。…あー、これこれ。朝食250ギロンでいいよな」
ハィロゥは解説しつつもメニューを見せ、エルデルグは頷く。そして二人はカウンターに空いている席を見つけ、座ることにした。
「あ…」
ふと、ハィロゥの表情が曇る。
「どうしたんだ。変な顔をしてさ」
「いや、今まで西北の都市に居たから…イェンしかもっていないんだ。だからギロン硬貨…持っていないんだ」
ギロンは中央から南の都市で使用されている通貨単位だ。イェンは中央から北の都市で使われている。因みに1ギロンが1イェンなので料金的には問題が無いのだが、ギロン硬貨は黄水晶で出来た円形チップ、イェン硬貨は円形の金属製であった。ヒス・レシェレは南地方なので金属の硬貨は扱っていない。
「…あの街ではどっちでも大丈夫だから、両替を忘れていたんよ。どないしよ~」
がっくりと項垂れるハィロウだが。エルデルグは肩をすくめた。彼はちゃんとガロン硬貨も持っていたのだ。それをハィロゥの目の前に突き出す。そしてにぃ、と笑う。
「おお、こ、これはギロン硬貨!…という事は…奢ってくれるのか!」
「いーや、貸すんだ。あとで返してもらう」
エルデルグはそういうと店主に朝食二人前を注文し、改めて席に着いた。美味しそうな匂いが辺りに漂っている。新鮮な海産物を使った料理が自慢なので、その匂いが主だ。それにエルデルグの顔が綻び、ルポライター『フォルディア・ファラウェイ』としての顔がにじみ出ていく。その事を彼は実感しながら料理を作る人々を眺めていた。
「あ…」
そんな彼が客のほうを見た時、違和感を覚えた。何故だろう、ここにいること自体がおかしいような、けれど合っているような、そんな不安定な気配を覚えたのだ。その存在は黒髪のエルフで、どこか知り合いに似ているような気がした。そして、どこかで会っているような気も。
「どうした、エルデルグ?」
ハィロゥの言葉で、我に帰る。彼のほうを見ると、お茶を注いでくれた。ここの場合、お茶はセルフサービスらしい。長閑な匂いが鼻を掠めた。
「いや、なんもないよ。ちょっと…」
お茶を受け取りつつエルデルグは答えるが、やっぱり気になる。どこかであっているような気がする。それがちょっと引っかかってしょうがない。
「なら、メシにしよう」
ハィロゥはそういい、運ばれてきた朝食をエルデルグに渡す。
(まぁ、いいか)
彼も気にしないことにして、とりあえずは食事に専念することにした。

 一方、黒髪のエルフは一人辺りを見渡した。
(のんきに食事を取るのも、たまにはいいものだな)
彼はそう思いつつも眼を閉ざす。そして脳裏に浮かぶ様々な魔力の波長を探り、求める存在のそれを探した。
(竜の関係者は信者を除き皆無か。当てか外れたと見える)
食事を終えたらすぐに出て行こう、と思った。
(ユエフィの気配を覚えたから後を辿ったが、どこへ消えたのだ。無事に、候補者を捕らえていると良いのだが)
彼は使者が今どんな状態になっているかも知らず、少し考え込んだ。
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by jin-109-mineyuki | 2006-11-04 23:25 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)

第三話:海色の聖地(9)

 「ひらひら…」
イリュアスは温泉から上がり、用意された服を見て唖然となった。確かに一時期『女の子らしさ』を養う為に可愛らしい服を着て、色々なお稽古事に専念した時期もあった。が、傭兵となってからは一切着ていない。フリルの付いた、白いワンピース。…一体誰がそれを用意したのだろう?
「ん?」
バスタオルで体を拭きつつ考えていると、そこに手紙があった。

―海竜王・レヴィアータン様がお待ちしております―

つまりは、これを着て海竜王に謁見するように、という事だろうか。
(ベヒモスなのか?これを用意したのは)
似合わないような、可愛らしい服を用意され彼女の頬が真っ赤になる。取り敢えず着てみると、それは体にぴったりとフィットした。まるで彼女の為に誂(あつら)えた様だ。
(着るしか、ないか)
イリュアスは恥ずかしがりながらも、そのまま歩き始めた。

 ベヒモスはユエフィを伴い、主君の許へやってくる。他の近衛騎士二人は相変わらず玉座の両側にいる。
「レヴィ様、ベヒモスがたなぼたですが賊をとりあえず捕らえております」
そう言ったのはエルフの男だ。それにベヒモスは苦笑した。
「…クウジュ、たなぼたとはなんだ。そしてとりあえずって…」
「俺はたなぼたで、しかもとりあえず捕らえられているのか」
眉間に皺をよせ、なんだかなぁ、といったような顔になるユエフィ。それに、人魚族の男が思わず笑う。
「ま、こーいう奴なんだよ、アイツは。俺はシノン・リノ。で、アイツがクウジュ・ロー・サンノミヤ。言っておくが、ここで下手な真似をしたら俺たちの拳がお前を砕く事になるから」
と、シノンと名乗った男はそう言った。
「それまでにしなさい、ベヒモス、シノン、クウジュ」
今まで黙っていた女性、リナスが静かに、されど凛とした声で制し臣下を嗜める。三人は跪き、ユエフィもとりあえず頷いた。
「ようこそ、私の宮へ。貴方の名前はユエフィ・ル・シャンティ。別称『束羽(たばばね)』ですね。…間違いはないですか?」
「ああ」
ユエフィは頷く。そして、彼は改めて彼女の目を見た。美しい白銀の目は凪いでいるが、確かに強力な魔力を感じていた。その何処かに揺らぎが見える。それはそうだ。今、彼女は力を世継ぎ候補へ与えているのだから。
「貴方が現海竜王リナス・レヴィアータン・ルセルク。そしてベヒモスたち三人が近衛騎士。今、宮にいるのはお前らだけか」
彼の問いに、リナスは黙って首を振る。彼女に代わり、クウジュが一つ咳払いした。
「現在、近衛騎士は交代で玉座を守っています。通常は一名で。残り四名は近くの町に待機します。危機が迫れば直ぐに駆けつけますよ」
ですから、攻めてきた時も素早く対応できます、と付け加える。更に彼は口を開いた。
「その他にも竜神官や巫女が数名おり、リナスさまのお世話を担当しています」
そこまでいうと、リナスはベヒモスを見る。そして何か手で合図をすると彼はすぐさま姿を消した。
「近衛騎士が後二人いるのか」
「竜によってまちまちです。一人しか選ばない方もいれば女性ばかりを十二人もそろえている方もいますから」
リナスが苦笑を浮かべるとクウジュとシノンもまた同じような顔になる。彼らの脳裏には樹竜王の凛々しくも甘い美貌と際どい衣装を身に着けた近衛騎士の女性たちの姿が浮かんでいた。
「あー、知ってるぜ。今のラシェイオン…『麗将』の女好きは」
ユエフィが頷く。会ったことはないが、噂では相当の美形らしい。リナスは気を取り直して言葉を紡いだ。
「私の夫は現在ある穏健派の神との話しあいに行って留守にしているのですが…、これぐらいでよろしいですか?」
「ああ。簡単には。ようは、ここで騒動を起こしても沈められるってことだろ?」
ユエフィの何処か軽薄な問いにクウジュは顔を顰めるか、シノンはただ肩を竦めてなにやら呟く。リナスはそうね、とだけ呟くと何かに気付く。そして、左腕を上げ、外側へと払った。
「レヴィアータン様、後継者候補・イリュアスを連れてきました」
ベヒモスの声に反応し、瑠璃の扉が開く。シノンが、クウジュが、ユエフィが振り向き、一人の女性を見つめ、リナスはにっこりと口を開いた。
「また会いましたね、イリュアス」
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by jin-109-mineyuki | 2006-10-05 15:13 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)

第三話:海色の聖地(8)


 イリュアスが温泉にいる頃。エルデルグは相変わらず海辺の町へと行く街道上を飛んでいた。川は大きくなり、薄っすらとだが、海が見えてきた。そろそろ川の水に塩分が混じり始めてもおかしくはない…と、推測しつつ音もなく街道に舞い降りる。と、小さく溜息をついた。
(ったく、イリュアスはどうしちまったんだろ?)
そう内心で呟く。何かがおかしいのだ。何時もの彼女ではない。どことなく覇気が無い。そして、なんとなく弱々しくも見えてしまった。そんな彼女を見ていて、なんだか不安を覚える。けれど、普段はクールな為そんな姿を見るとかわいくも思ってしまう。
(妙に気になるな)
エルデルグの表情は曇ったままだ。彼女の事を考えるとちょっと胸が痛い。何故だろう、他の誰よりも心配になってしまう。
「それが、恋ってもんだろよ?」
「うわぁっ!?」
急に声がした。驚いて振り返ると…見覚えのある人物だった。エメラルドグリーンの目に、栗色の髪。小麦色の肌はつやつやで、よく見ると顔立ちは柔らかい。微かに漂うミントの匂いで、市場であったアイテム商であると気付く。
「あ、貴方はあの時の…」
「そうだよ、兄さん。これも何かの縁だろし…名乗っておくわ」
そう言うと、彼はフードを外すとにっ、と笑って見せた。そして、懐から一枚の名刺を取り出す。
「アンティーク・アイテム収集家のハィロゥ・エクシデル。商人って言うのは鑑定眼を鍛える為の副業さね」
ハィロゥと名乗った男は良く見ると人間ではなく、ウタカタ族であった。ウタカタ族は驚異的な自己回復能力と平均的な人間に対し二倍の寿命を誇る種族だ。その証として首筋の血管が僅かに青白い光を帯びている。暗闇では血液が発光するのも彼らの特性だ。明かりがないのにはっきりと色がわかるのは、彼自身が淡く輝いている所為もある。
「俺はエルデルグ・ベイグランド。ルポライター兼傭兵をしている」
それだけ言うと、ふと沸いた言葉を口にする。
「で、そのハィロゥさんが何故こんな今頃海辺の町へ?」
時間的には午前四時を回った所。普通ならば何処かでぐっすり眠っている筈の時間だ。まぁ、一部例外はあるが…。ハィロゥもその点はわかっていたので
「それじゃ、エルデルグ。君は何故こんな夜中にここにいる?」
「そ、それは…」
困った。このハィロゥがイリュアスを攫った人間と協力しているかもしれない。そう考えるとあの事はどうも言いづらい。
「ちょ、ちょっと…色々あって」
言葉に詰まったので、とりあえず苦笑した。が、傭兵という職業柄が幸いしてか、ハィロゥはそれ以上詮索しない事にした。
「そうか。…我輩は急に古い友人に会いたくなって。だからあの街から出たのさ」
彼はそう言うと、にっこりと笑って口元を綻ばせた。

 「シルクレア」
パトスはふと、宿の主人に声をかける。ベヒモスの手下たちは全員戻ってきているらしく、彼らの周りを囲んでいる。
「『バイオレット・ムーン』の事なら、長男坊に任せる事になっているけど?」
シルクレアはそういい、髪をポニーテイルにした青年を見やる。が、パトスはそうじゃない、と首を横に振った。
「いや、イリュアスが竜になる試練を受けているだろ?そんな時に神信仰者が攫いに行くって…なんか出来すぎてる気がする」
「何を言ってるの?物語ならありがちなお決まりでしょ?主人公が力に目覚めたらヒロインが連れ攫われて、旅立ちを迎えるって」
訝しがる彼に、シルクレアが当たり前でしょ、というような顔で首を傾げる。薄っすらと白み始めた空の下、他のメンバーは解散を言い渡されて散らばっていく中で。
「だったら、イリュアスはその両方を兼ねているじゃんか」
「…それはまぁ、気にしないで」
二人は顔を見合わせ、ぽつりと言うパトスをシルクレアが嗜める。そして、彼女は顔を上げた。
「でも、パトスの言葉も…一理あるかもしれない」
そう呟くと、シルクレアは溜息混じりに目を細めた。
「…空竜王、海竜王、地竜王、冥竜王。ようやく、最後の候補が見つかったというのに」

 時同じくして、1人の男が別の道で海辺の町に入った。白み始めた夜より黒い髪。カンテラの光に輝く三本の銀色メッシュ。青と緑の眼で、遠くの海を見やる。
「竜王の海か。この近くに、海竜王の宮があるというのだな」
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by jin-109-mineyuki | 2006-05-15 22:00 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)

第三話:海色の聖地(7)


 「ふぅ…」
イリュアスは湯船に浸かり、小さく溜息をついた。薬のお陰で熱が引いているのだろうが、温泉に入れてよかった。汗と淡い塩水でべとついた体を綺麗に出来て、疲れも取れて心も休まる。水晶の嵌められた天窓は相変わらず優しく月光を零していた。
「湯加減、いいわねぇ」
リナスも入りながら呟いた。長い白銀の髪をアップにしたから、細い首筋が仄暗い闇に美しく浮かぶ。恐らくどんな堅物でも思わず生唾を飲み込んでしまうだろう。それほどに、彼女は美しかった。
「イリュアス?」
そう呼ばれ、彼女は我に帰る。そして、流れてくる温泉に目をやった。
「なんでも、ない。考え事をしていただけだ」
それだけ言うと、膝を抱える。脂肪分の少ない太腿が、小さい胸に当たっていた。ちょっとだけ、もう一度溜息をつく。その疲れた顔にリナスが表情を曇らせた。
「疲れているのね。だったらこの宮で好きなだけ休んでいくといいわ。心の休養にもなるから」
「ありがたい。そうさせていただけるなら…」
彼女の言葉は柔らかく、心から自分を心配してくれている。それが嬉しくて、思わず顔が綻んでいた。
「試練の合間に、心の整理もつけられる」
彼女は小さな声で呟いたつもりだった。しかし、リナスの耳にはちゃんと届いている。が、口を閉ざした。それを問うことで、イリュアスを傷付けるのではないか、と躊躇ったのだ。
「それに、丁度長い休みを取ろうと考えていた所だ。助かる」
「なら、そうして行きなさい」
リナスがイリュアスに近づくと、彼女が宿す竜紋を見た。今でも体が徐々に「ヒト」から「竜」へ変わっているのが感じ取れる。
「苦しい?」
「えっ?」
突如として飛んだ問いに、イリュアスが我に帰る。リナスはイリュアスの目を見て、もう一度同じ問いを繰り返す。
「苦しい?」
「何がだ」
短い問いかけの返し。リナスの表情は曇ったままで、イリュアスの表情は怪訝な色を浮かべている。
「誰にも言えない、思い」
「!」
その言葉に、イリュアスは歯を食いしばった。一瞬にして全てを見透かされているような恐怖が身を襲う。リナスの細い手が、僅かに震える彼女の頬に触れる。
「イリュアス、よく考えて。その思いは、どうにもならないでしょ?なら、吐かなくちゃ。吹っ切れないのも解かる。けれど、黙っていたら膨らむだけよ。だから」
「貴方に、何が、解かるというのだ」
その言葉と共に、ほんの少し強力な魔力が、放たれる。近くの壁に、音を立てて皹が走る。けれどリナスは何事もなかったかのようにイリュアスを抱き寄せた。
「や、やめっ!?」
「イリュアス…」
ぎゅっ、と抱きしめられ、途惑った。同性であれ、豊満なリナスの胸が当たるのはなんだかドキドキしてしまう。それ以上に、なんだろう、心に何かが触れていて、急に泣きたくなった。
「辛かったら、泣いていいの。涙を堪えないで」
「でも、私は傭兵だ。だから見せるわけにはいかない」
そう、自分にも。そうでなきゃ、壊れそうで怖い。だから彼女にも、ベヒモスにも、シルクレアにも、パトスにも、ユエフィにも…悪友のエルデルグにも、言える筈が無い。
「貴方は巫女なのだろう?もしくは竜神官…。だから、心眼を持っていてもしょうがない。けれど、口に出したくないんだ…」
イリュアスは必死の思いで言った。見透かされていることは恥ずかしい。だけど、それは自分が弱いからだ。強くならないと、と心に決める。けれど、リナスの表情は険しいまま。
「でも、このままじゃ壊れてしまう!」
「それぐらいで壊れるなら、私はそれまでの器。誰にも言わなくても、試練を乗り越えてみせる」
より強く抱きしめるリナスに、イリュアスが厳しく言い放つ。自分に釘を刺す。弱みを見せてはいけない。強くならなければ、竜に相応しくない。自分らしくない。
(青い、わね…。そして、可愛いわ…)
リナスは黙ってイリュアスを抱きしめたが、身を離す。何やら頷くと、彼女は立ち上がった。
「リナス?」
「私は先に上がります。あとで、会いましょう。ベヒモスが貴方を連れて行ってくれますから」
そう言うと、リナスはその場を離れた。イリュアスは一つ溜息をつきつつ、彼女を見送る。
「心配してくれるのはありがたい。けれど、言いたくないんだ」
イリュアスはそういい、そのまま湯船へと全てを沈めた。

 リナスは身支度を整えると、魔法で起こした風で髪を乾かす。そして、ぼんやりと青白い光を放つ石の回廊を進み、瑠璃の原石で出来た扉を開く。すると、質素な玉座が姿を現した。その両側にはエルフと人魚族らしき男性が控えていた。
「ベヒモスの方はどうなの?」
彼女の問いに、右にいたエルフが口を開く。彼は灰色の瞳を細め、溜息混じりに
「…今の所、はぐらかされているようですが、何か手がかりを掴むかもしれません」
「過激派の神がイリュアスを狙うとは。…何としても阻止しなくちゃね。竜は神の愛玩動物じゃない。共に民を守る存在なのに」
「イリュアスは、どうなんだよ。彼女は無事に竜になれるのかよ」
人魚族がぶっきらぼうな口調で彼女に問うが、リナスの表情は厳しい。先ほどの言葉を思い出し、彼女は溜息をついた。
「…失恋の痛手が、魔力を暴走させているの。だから、苦しいわね」
彼女の言葉に、彼は僅かに眉を顰めたが、少し考えて呟く。
「素直に泣ける相手がいれば、いいんだけどね。なぁ、レヴィアータン」
彼の言葉にリナス…海竜王レヴィアータンは頷いた。
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by jin-109-mineyuki | 2006-04-05 22:53 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)

第三話:海色の聖地(6)


 基本的に、竜王が暮らす場所は『宮(みや)』と呼ばれる。その事をイリュアスは幼い頃から学んでいた。竜信仰の村で生まれ育ち、竜に強さを求めて祈り続けていた彼女は、なんとなくその事を思い出した。用意されていた海綿で体を洗いながら、天窓を仰ぎ、一つ溜息。天然の水晶を使ったであろうそれは、月の光を石畳に垂れ流す。
(その宮に、私は今いる…)
イリュアスの表情は、どことなく柔らかい。嬉しい反面、若干途惑っている。一生来る事が無いと思っていた聖地にいるが、『連れ攫われて流れ着いた』という結果が苦笑させてしまう。
「いいかしら?」
不意に声がした。恐らく巫女だろう、と思ったのでどうぞ、と返す。暫くして、一人の女性がやってくる。滑らかな白銀の髪と涼しげな白銀の眼。肌の色はイリュアスと同じ小麦色だ。豊かな胸と程よい縊れ。やっぱり、人によって違うよな、など考えると彼女は左隣に椅子を置き、イリュアスににっこり笑いかけた。
「ようこそ、海竜の宮へ。貴方は竜紋の持ち主ね?」
「えっ?」
急に言われて慌てたが、よく考えればここは竜の宮だ。そして、自分の竜紋は現在成長中で、左腕を覆っている。目立つに決まっているのだ。
「ああ、これか。やっぱり目立つのか?」
「仕方ありませんよ。その様子だと苦労しているようね。疲れが見えるもの」
彼女はそう言うとくすっ、と笑う。竜紋の持ち主はやはり苦労するらしい。イリュアスはただ苦笑し、その紋に触れた。
「生まれながらにあったのが成長しているんだ」
「魔力で解かるわよ」
彼女はイリュアスの言葉に頷き、何故か愛しげなまなざしを向ける。それが不思議だったが、彼女はにっこり微笑んだ。
「名前は?私はリナス・ルセルクよ。よろしくね」
「イリュアス・ツクシという。こちらこそよろしく」
二人はそういい、とりあえず握手をした。

 ベヒモスはその頃、自分に割り当てられた部屋にいた。ユエフィも一緒である。とりあえず客室において軟禁しておこうとも思ったが、なんとなく気が引けたのである。
「とりあえず、尋問な。我々竜の信仰者は無駄な争いを好まない。このままお前がイリュアスを諦めてくれれば、この件は不問にするが」
「諦めないよ」
ユエフィはそういい、不敵に笑う。
「俺の雇い主もこの宮へ向かっている。海竜の王も同時に捕らえれば、実験用の魔力には事欠かない。ふっ、これで信仰する神にも箔が付く」
そこまで聞き、ベヒモスがふむ、と唸る。竜を求める神信仰者の邪導士だな、と予想する。穏健派の神を信仰する者ならば、こんな行動を頼んだりはしない。
「信仰する神は?」
「過激派の神、とだけ言っておくさ」
ユエフィの気だるそうな回答に、ベヒモスはただそうか、とだけ返す。そして持ってきた紅茶を彼に進め、もう一度口を開いた。
「お前が持っていたマジックアイテム。質がいいな。障害物をすり抜けるマントといい、魔力漏れ制御のピアスといい…」
「まぁ、な。前金もそれだけ貰っているから」
青年は頷いた。紅茶を口にするとほんのり甘い。どうやら林檎の果実を入れたらしい。素朴で優しい甘酸っぱさが口を浸食した。ベヒモスの表情は何処か余裕で、若干じれったいが。
「現物支給、も考えられるな。しかし…」
ベヒモスは苦笑すると紅茶を一気に飲み干し、マントを正した。そしてどこか他人事のように嘯いた。
「魔力に、人を嘲笑うような癖を、感じるんだがな」
その瞬間、僅かにだが、ユエフィの表情が強張った。

 夜の街。エルデルグが、イリュアスたちを追っている一方、街に残ったシルクレアとパトスは戻ってきたベヒモスの仲間たちと多少話し合い、宿へ戻っていた。
「それにしてもな」
パトスが眼鏡をかけなおしつつ呟く。それに気付いたシルクレアは彼を見た。長身のエルフはシルクレアから借りたシャツの襟を弄りつつ、遠くを仰ぐ。僅かに殺気立った彼の双眸が鋭い。
「どうしたのよ、パトス。そんな怖い顔して」
「いやな予感が、しちまうんだよ」
彼はそういうと、前髪をさっ、と掻きあげる。白銀に映える漆黒のメッシュが三本、音を立てて跳ねた。彼の苛立ちを表すような乱暴さで。
「あの野郎が…一枚噛んでいそうなんだよ」
そう言うと、パトスは僅かに目を細めた。
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by jin-109-mineyuki | 2006-03-27 21:23 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)

第三話:海色の聖地(5)

 湿気が、全身を包み込む。いや、全身が濡れている。火照っていた体には丁度良い冷たさだ。意識が回復したイリュアスは薄っすらと目を明けた。…暗い、圧迫感が多少ある場所だ。滑らかな岩らしい地面。手でそれを確認し、身を起こす。濡れた服が気持ち悪いが、仕方のないことだ。どうやら、連れ攫われた時に雨が降ったが、水のある場所に落ちたらしい。考えてみると、体の痛みが少し凪いでいた。
「よかった。しかし、ここはどこだろ?」
イリュアスが辺りを見渡したとき、急に光が刺した。それに思わず目を瞑るが、反射的に身構えた。敵か?
「イリュアス、大丈夫だ。何もしない」
その声には聞き覚えがあった。自分を攫った男の声だ。
「信用できない。貴様は私を連れ去ったじゃないか!」
イリュアスが近づく男に叫ぶ。が、光に目が慣れると、魔力などが封じられているのが分かった。四枚の翼をもった、ごく普通の青年だ。竜によって、神の力を封じられている上、武器も取り上げられているらしい。彼は若干苦笑した。
「俺はユエフィ・ル・シャンティ。主の命令でお前を連れ去るように言われたが、今では竜に捉えられて身動きが取れない」
「…イリュアス・ツクシだ。竜信仰の村で生まれ、傭兵を生業としている。お前のことだ、知っているだろうけれど」
イリュアスは簡単に自己紹介をした。ユエフィは一つ頷き、手招きする。彼はこっちに非がある、といい、訝しがる彼女に微笑んだ。
「どうするつもりだ」
「いや、ベヒモスとかいう男の命令に従っているだけだ。イリュアスが目覚めたら、部屋へ案内しろってね」
話によると、イリュアスが眠っている間に魔力を暴発させてしまい、三人とも河口へ落ちてしまったらしい。その際、ベヒモスがこの洞窟を見つけ、二人を連れていったという。
「ベヒモスはちょっと探りにいっている。直ぐに戻るさ」
イリュアスはそう言われ、渋々ユエフィについて行った。さりげなく手を差し伸べるユエフィだったが、彼女は無言で跳ね除ける。つれないなぁ、と有翼人はふざけ気味に呟いた。

 しばらく歩くと、明るい場所に出た。暖かい色の光を零す岩が天井を覆い、暖かい。中央には丸いテーブルがあり、蝋燭の台もあった。端には河口の水か、海の水か、流れている小さな川がある。道の先にも、道があるが、とりあえず様子を見ることにした。辺りは本が読めるぐらいの明るさで、洞窟であることを忘れそうだ。洒落たレストランとも思える。しかし、ユエフィは若干渋そうな顔をしていた。
「居心地が悪そうだな」
ふと、イリュアスがいう。と、彼は溜息をついた。
「そりゃ、ね。神信仰者が竜信仰者の聖地にくるのは、妙に…」
元々過激派だから、と付け加えて。それにイリュアスも納得した。竜になりかけた人間を誘拐するなんて、彼らぐらいなもんだろう。しかし、別の理由が、ユエフィにはあった。
(なんか、こう、ドキドキつーか、妙な気起こしちゃいそうなんだよね)
ちらり、とイリュアスを見る。濡れたパシャマは多少透けて、下着を浮かび上がらせているのだ。
「乾いた服ならば、後から調達するってさ。あっちに温泉があるってベヒモスが言っていたし、行っといでよ」
ユエフィはそう言うと、くるり、と背を向けた。イリュアスはなんかすっきりしないものの、とりあえず言われたとおりにした。濡れたパジャマがまとわり付いて気持ち悪い。
「…っと。理性はとりあえず守られたか」
イリュアスが去ったのを確認し、ユエフィが呟く。が、人の気配を察知。ベヒモスが何時の間にかそこにいた。
「イリュアスだったら温泉に行ったぞ」
「そうか。目覚めたか」
ベヒモスはほぅ、と安堵の息をつき、有翼人の青年を軽く睨んだ。一応、ユエフィは囚われの身なのだ。案外自由だが。
「ここは、海竜の王の巣なのか」
彼の問いかけに、海竜の近衛騎士は若干怪訝そうな表情を浮かべる。
「レヴィ様の屋敷だ。竜は自然の物を魔力で住み心地の良い屋敷へと変えて暮らすからな」
「屋敷、ねぇ」
ユエフィは若干眉を顰めた。確かに美しい場所ではあるが、屋敷というより天然の洞窟を魔法で加工した物としか思えない。どう考えても巣だ。
「神だってそうだろう?ま、多くは神殿を持つが。世界樹の苗木たちはこういうものを持たないものが圧倒的に多いぞ。それぞれに個性があるんだ、気にするな」
俺も若い頃は慣れなくてね、と苦笑を浮かべるベヒモスだが、ユエフィは何時だよ、と突っ込んだ。しかし、彼はさぁね、と肩を竦めてがさつに笑うだけだった。
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by jin-109-mineyuki | 2006-03-21 19:52 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)

第三話:海色の聖地(4)

 イリュアスは目の前の人物にきょとん、とした。見覚えのある淡い灰色の髪。そして、紅蓮の瞳と淡褐色の肌。身に纏っている紅いローブは炎の竜を信仰する竜神官の制服。人狼との混血で獣毛に覆われたエルフの耳。尻尾とそれは銀がかった灰色。穏やかな顔が、陽だまりのようで好きだった。
「スオウ…!?な、何故ここにいるんだ!!」
慌て、彼に問いかける。が、スオウと呼ばれた青年は答えない。よく見ると、もう一人…旅姿の自分が傍にいた。頬にはメイクで作った傷。髪をポニーテイルに結い、額にはバンダナを巻いてサークレットを隠している。『イリュディアーゼ』という男に扮している自分だ。それをみて思い出す。あれは、告白した日の翌日だ。

 イリュアスは男装をしてオードリーの街からベヒモスたちがいるディフェイの街へ向かうことにしていた。旅の際、男装をするのはそっちの方が動きやすいこともあるからで、時折やっている。
「イリュ、本当に行くのか?」
スオウが寂しげに問うが、イリュアスはああ、と一言だけ返した。気まずそうに視線を外し、舌先を軽く噛んで嗚咽を殺す。その表情にスオウが少しだけ、目を険しくした。
「…俺の、所為なのか」
ポツリ、という。イリュアスは黙ってスオウを見た。何処か曇った、冷たい眼で。『イリュディアーゼ』の眼をしていた。
「そんなのは関係ないね。僕はちょっと疲れたから、休息をとりに行く。それだけ」
『イリュディアーゼ』はイリュアスより子供っぽく、フランクな雰囲気の口調だ。男装したときは心も変わる。…その筈なのに、上手く行かない。自分への苛々が、滲み出てしまう。
「…そうか。じゃあ、な。ゆっくり休めよ」
「ありがと、スオウ。君も気をつけて。炎の竜のご加護がありますように」
僅かに苦味のある顔で、スオウが手を振る。赤茶系の色で纏められた煉瓦畳の道を、翻って仲間の下へ走っていく。イリュディアーゼもまた、似た表情で、見送った。けれども、何故だろう。金色の目から、一粒光る雫が落ちた。
「………」

 イリュアスが我に帰ると、そこは夜の公園だった。場所はオードリーの町、というのは変わらない。けれど、イリュアスは変装もしていない、普通の格好で、そこにいた。趣のある街灯が、柔らかに二人とベンチを照らす。
「スオウ…」
イリュアスは目の前の青年を見上げた。背はすらりと高い。程よく筋肉が付いた体は本当に美しかった。彼は白いシャツと黒いジーンズという井出立ちで、首には紅いガラス球のペンダントが下がっている。彼の目よりは美しくないが、綺麗だった。
「私は、初めて貴方を見たときから…多分、その時から、貴方を好きになっていた。私は貴方の物になりたい。貴方の傍にずっといたい」
真っ赤な顔。体温も上がり、鼓動も激しい。これだけでも自分らしくないようで、恥ずかしい上に怖くて、壊れそうだった。スオウの顔をまともに見る事が出来ない。
「イリュアス…」
スオウは驚いていた。そして、目を見開き…悲しげに唇を噛み締めた。この時初めて、何かに気付いた。彼女も一人の女性であることに。何時もはクールで、恋に悩むなんて想像が出来なかった。こんなに弱々しくて、脆そうで、愛らしい姿なって、見れないと。しかし、彼には思う人がいた。
「悪い、俺には好きな人がいる。最近それに気付いたんだ。君の気持ちは嬉しいけれど、答えられない」
イリュアスが顔を上げる。一拍の間をおいて、白くなる。確かに、噛み締められる歯。
「ゴメン。お前の気持ちにこたえられなくて…。それにオレ、お前を仲間としか見ていなかったし…」
スオウは言葉を止めた。イリュアスが今にも泣きそうな顔で、でも苦しげに何時もの自分を装うとする。その姿が、痛かった。
「いいよ。いいよ、いいよ」
イリュアスは無理に笑う。けれど、それが苦しくて、スオウは
「ゴメン、イリュ…」
そっと、彼女を抱きしめていた。苦しかったら泣いてもいいし、自分が悪いんだから殴るなりなんなりすればいい。そう思って。けれどイリュアスは途惑った。受け入れられないなら、何故抱きしめるんだろう。仲間だから、抱きしめるのか?
「………私は、どうすればいい?」
これから、先。何をすればいいのか、判らない。

―私は、『恋』なんて…お前に会うまで知らなかったんだ!

ドクンッ!鼓動が一つ大きくなった。呼吸が、鼓動が一気に激しくなる。思い出した途端に悲しい気持ちが押し寄せてきて、息苦しくなって、それでもどうすればいいのか分からなくて、眩暈がした。
(何故だ、何故だ!)
イリュアスは喘いだ。辺りが真っ暗だ。全てが痛い。竜紋がじりじりと焼ける。確かに成長を続けている。喉の奥に何かが詰まっているようだ。魔力が、膨大な量の魔力が心を追い詰める。それでも、耐えようと試みるが、爪先から頭の先まで烈火が迸る。
「何故なんだ!何故思い出して体が…ッ!」
叫んだ瞬間、思い出す。自分は連れ攫われたのだ。見知らぬ誰かに。そして、薬で眠らされて…。
「だから、何故こうなるんだよッ!」
叫ぶ。変な頭痛から始まって、紋様が成長して、竜が呼びかけてきて、連れ去らわれて。冷静に考えが纏まらない。全身が燃え立つように熱い。そして、自分の中から魔力が放出されるのを、ありありと感じ取って再び意識が途絶えた。

 その頃、エルデルグは一人街道に舞い降りた。竜王の海に程近い街へ向かって。川に程近いココならば、ひょっとしたらイリュアスたちが見つかるかもしれない。魔力で手助けしてもらったといえども、竜の魔力で飛んだベヒモスには追いつけない。疲れもあり、彼は溜息をついた。
「イリュアス…、大丈夫なのかなぁ…」
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by jin-109-mineyuki | 2006-03-15 22:28 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)

第三話:海色の聖地(3)


 屋根の上で身構えるベヒモスの体に、膨大な魔力が集る。そして、ふんわりと灰銀の光が辺りに零れる。手にしていたピアノ線が、音もなく溶け合い、彼の両手を覆う。次の瞬間には白銀のナックルが生み出されていた。紋様が浮かんでから、ココまでたったの三秒。それに、不審者…ユエフィは口元を綻ばせた。
「ドラグーンのお出ましか。この世界でそう呼ばれるのは竜の力を完全に使いこなせる『竜の近衛騎士』のみ…」
「世辞はいい。さぁ、イリュアスを返してもらおうか」
ベヒモスは僅かに深みと凄みを利かせ、鋭い眼差しでユエフィに言う。が、彼は首を横に振った。竜の強い力が肌に突き刺さる。神を信仰し、また神から加護を受けている彼にとっては、ある意味強敵だ。しかし、任務は全うしたい。任務さえなければ、彼女を攫わず、ただ普通の男女として近づきたかった相手なのだが。
「それは出来ない。我が主が新たなる竜王の雛を求めているのだから」
彼はそういい、再び翼を広げる。が、今度はベヒモスも後れを取らなかった。魔力が僅かに唸り、背中に竜の翼が生み出される。マントがそれに姿を変えたのだ。ぐんぐんと飛び続ける二人。風が渦巻き、近くの木々がざわめき、あっというまに街を越えてしまった。下には川が流れている。このまま行けば海へ向かう事になる。
(竜王の海に近づく。ならば、力をフルに生かせるな)
竜の近衛騎士はくすり、と笑った。青年は、自分からベヒモスの手の中へ落ちたも同然になるのだから…。
「我が主君、海竜王レヴィアータンの名において」
ベヒモスが呪文を唱える。特殊な言葉が零れ出た。まるで水が湧き出るような音だ。それを聞き取れないユエフィだったが、魔力による攻撃が行われるだろう、という事は予測していた。
「水素よ、酸素よ!結びつき、かの者を捕らえよ!」
ベヒモスの拳が、ユエフィへと勢いよく伸ばされる。と、同時に水の網が彼へと伸びていく。が、それをものともせず、イリュアスを抱えたまま飛び続けるユエフィ。水の網とベヒモスが迫るものの、そんなものは怖くなかった。眼前に網が迫る。水は光り輝き、ただの水では無い事を示している。
「甘い」
ユエフィが呟いた瞬間、彼の翼が僅かに光った。と同時に水の網は破られる。
「対竜魔法結界があらかじめ張られていたのか」
ベヒモスは冷静に判断する。そして、今度は何も言わず、ただスピードを上げてユエフィへと近づいた。
「されど、これはかわせまい」
彼が指を鳴らし、急にユエフィは川へと落ちる。何が起ったか解からずにいたが、落ちきる寸前に止められ、見えない何かで支えられている、と気付いた。
「…重力操作。さては、大地の精霊か!」
「ご明察だ、若者よ」
ベヒモスが、何時の間にかそこにいた。竜の力と精霊の力を併せ持つ男はにやり、と笑いイリュアスを奪い返した。見えぬ手によって動きを封じられたユエフィは、抵抗できず舌打ちする。
「彼女は、渡す訳には行かない存在だ。下賤の神などに使われるような存在じゃない」
「神が下賤だと?はっ、反吐が出る。竜なんざ、この世で最強の愛玩動物ではないか」
憎々しげに、若い闇の住人はベヒモスを睨んで言い返す。ギロリ、と互いに目を重ね、お互いを牽制した。真下は河口。淡い塩水が流れ込む、結構広い川。そこに触れるか否かの所に三人はいる。
「お前は、主人の命令で彼女を攫ったのだな」
「そうだ、我が主の為だ」
彼は鸚鵡返しに答える。それ以上は語りそうもない、とベヒモスは目で判断。この場で拷問をするのもいいが、それの前にイリュアスを安全な場所に運びたい。と、目に入ったのは彼女。僅かに振るえ、瞼が開かれる。一瞬、ひゅう、と風が唸った。
「むぅ…」
イリュアスが息を漏らした。どうやら目覚めたらしい、が、ベヒモスの表情が険しくなる。ユエフィも眉を潜めた。
「「魔力が、渦を巻いている」」
音もなく、魔力が竜巻上に練りあがる。普通の人間なら見ることはできない。が、二人には見えた。一気に成長したそれが、ベヒモスの魔法を一気に無効化し、
「ヤバいッ!」
音もなく、膨れ上がり、結界が風に溶け失せる。操れない強力なそれは暴れる竜のようにベヒモスとユエフィに襲い掛かり、歯向かう間もなく河口へと叩き落される。そう、声を出す暇もなく。

―ぽうぅ…。

一瞬だけ、イリュアスの体が青白い光に包まれていた。
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by jin-109-mineyuki | 2006-03-10 23:55 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)