ある野良魔導士の書斎

fureinet.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:小説:竜の娘(仮)( 39 )

第五話:竜を巡る乱気流(4)


 岬の下にあるグランジェレの鍛錬所。ここは実を言うとレヴィアータンの宮に程近い。それ故に、彼にもレヴィアータンの不調はありありと感じ取れた。
(確かに、そろそろ時期だな。しかし、それにしても不協和音が酷い)
白銀の瞳を細め、眉を顰める。今にもリナスと候補生の苦しむ声が聞こえてきそうで、痛々しい。
(これはどうにかしなければ……)
彼は若い神官たちに各自で鍛錬をするように言い渡すと、その場をあとにした。そして、やや下にある展望広間へと向かった。海に突き出たそこはよく『予見』の鍛錬で訪れる。それ以外にも青々とした海を眺めるために足を向け、憩いの場にもなっている。
「さて、どうしたものか」
潮風に海色の髪を靡かせ、海竜王が暮らす海を見つめる。そして、潮騒に混じる蹄の音を感じ取り、小さく口ものを綻ばせた。
「やはり、か」

 (そう簡単には探させてくれないか)
エルフの男は小さく笑い、洞窟で一人作業に没頭していた。薄暗い中、唯一の光源は傍に置いてあるカンテラだけ。彼は歌うように呪文を呼び上げながら、目の前に並ぶものを見つめていた。
(時間稼ぎにはなるだろう。それに、こいつらの瘴気でカモフラージュになる)
両手の甲にある、黒い神珠が僅かに光る。彼が信仰する神が、力を貸している証拠だ。洞窟の中で蠢いていた魔力が一気に負のものになり、一瞬、あたりが真っ暗になる。カンテラの光さえも届かないほどの闇。しかし、それも一瞬の事。すぐに晴れていった。同時に浮かび上がるのは不気味な赤い光だった。それも一つではない。幾つもの赤い光が、ふうぅ、と浮かぶ上がった。
「我に続け。竜の宮を見つけるのだ。新たな『竜』をホロゥシア様の物に!」
その言葉に反応し、赤い光は一斉に動き始めた。どこか粘着質めいた音が続き、洞窟からだ出たそれらは次々に岩場へと足を進めた。
「パトスも恐らくヒス・レシェレへと来るだろう。お前の大好きな輩が相手をしてやろう」
男は瞳を細めて呟くと、手を胸に置いた。
「……貴様が望めば、エリゼルも戻ってくるというのに。美しき我が理論に基づく秘術を嫌うとは……つくづく損をしているのだぞ?」

 (……イリュアス……)
ベヒモスはふと、試練を受けている若い傭兵のことが気になった。彼女はどうやら、失恋から立ち直れていない。しかも、酷く未練……と、いうより、拭いきれない疑問が、あるようだ。
(やはり、あの頃と変わっていないんだな)
小さくため息をつく。そのやや無骨そうな顔に心配の色が浮かんでいるとも知らず、傍らのユエフィはお茶を飲みながら本を読み進める。
「なぁ、ベヒモス。何も危害を加えない、脱走しないと誓うから、イリュアスに会わせて欲しい」
その一言に、ベヒモスは少しだけ眉を顰める。
「何をする気だ?」
「ただ、話がしたい。それだけだ」
ユエフィはどこか真面目にそういい、席を立つ。ベヒモスは少しだけ考えた。ユエフィはある人物の指令でイリュアスを攫った。だから、警戒しておかないと、何が起こるかわからない。マジックアイテムや武器の部類は取り上げているが……。
「本当に、それだけか?」
「ああ。本当に、それだけだっ」
ベヒモスの重ねるような問いにいい加減にしてくれ、と顔で言いつつユエフィは答える。そしてほんの少しだけ頬が赤いままそっぽを向き、
「惚れるぐらい、自由にさせてくれ」
「……」
ベヒモスは、その言葉に対し、何も言わなかった。

 その頃リナスは寝台から身を起こしていた。そして、自分の身体に浮かび上がった竜紋を沈め、あたりを見渡す。
「どうしましたか?」
そう言ったのはクウジュだった。彼は冷たいお茶をガラスのコップに注ぎながら笑顔を向けて心配させないようにしていた。
「いえ、イリュアスに竜王として色々教えておこうとおもって。ユエフィにも……」
「そう、ですか。でしたら広間でやりましょう。ベヒモスと私がいれば手出しは出来ないはずですから」
その言葉に僅かに頷きつつ、リナスは指で唇をなぞった。考え事をするときの癖で、時折こうしている。そして、この動作が出ると決まって瞳を閉ざしている。
(この仕草を、あの方は甚く気に入っていましたね。……早く戻ってきてくれると嬉しいのですが)
細い指がふわりと形よく膨らんだ唇を滑る様を見ながらクウジュは思う。今、彼女自身も色々不安定な時期であり、【竜の配偶者】たるその人にも側にいて欲しかった。しかし、彼は今ここにはいない。
(……早く、帰ってきてください。そして、貴方の愛しい人を支えてください。我々近衛騎士よりも誰よりも、貴方様の存在が必要なのです)
1人切実に思っていると、リナスがぽつり、呟く。
「……イリュアスは、ユエフィをどう思っているのかしら?」
「………………えっ?」
急に飛び出た言葉に、クウジュの耳が僅かに動く。
「あと……他にも気になるわ。ベヒモスから聞いた話なのだけれど、イリュアスに惚れている男の子がいるのよ」
彼女は小さく微笑み、その報告を思い出す。
「エルデルグという傭兵兼ルポライターよ。その子かユエフィがイリュアスの心をふるわせれば……」
「物凄いことを言っていませんか、リナス? つまりは失恋の傷にはあたらな恋ですか?」
思わず上ずりながらつっこみ(?)を入れるクウジュ。彼は僅かに表情を強張らせ、身を震わせる。
「それは少々……魂の力を消費させ、混乱を招くのではないでしょうか?」
「危険な賭けかもしれない。けれど、イリュアスが新たな恋へ目覚めれば…」
リナスはそういい、静かに眼を閉ざした。
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2008-07-24 22:42 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)

第五話:竜を巡る乱気流(3)

 湯から上がったユエフィは衣服を着るとベヒモスに連れられてもとの部屋に戻った。そして、何気なく本を手にする。
(……本当のところ、妹さえ見つけ出せればそれでいい。あの男の企みに手を貸すのは、イリュアスを手にすることだけだ)
ため息混じりに本を開く。と、それには竜の話が記されていた。彼は知らないがイリュアスやエルデルグが読んだものと同じものである。彼はベッドに腰掛けると、早速読み始めた。
「イリュアスは、竜の……」
「後継者。つまりは、世継ぎだよ」
ベヒモスが答える。若干狭く感じる部屋だが、その原因の一つはこの若干逞しい長身の男が一緒だから、もあるかもしれない。そんな事を思いつつ彼は本に目を戻す。
「と、なると婚約者も必要になるわけか」
「そのあたりはイリュアスが決めることさ」
そう言いながらベヒモスが冷たいお茶を注いでくれた。涼しくて、すぅっとしたミントの香りが鼻を掠める。この地域でよく飲まれる、緑茶にミントの葉を混ぜたものだとユエフィは知っていた。
「ふぅん。俺はあまり知らないけれど、そういうのって信仰も関わるのか?」
「わからんな。俺はリナスの騎士になるまで何も信仰していなかったからなぁ……」
ベヒモスは何気ない問いに首をかしげる。ガラスのポットをテーブルに置いて席に着き、それとなくガレットを進める。白磁の皿に盛られたガレットはこんがりと香ばしそうで、本当においしそうだった。しかし、ユエフィは手をつけず、不意に呟く。
「なぁ、ベヒモス。今、ここで……俺がイリュアスに惚れたって言ったら、どう思う?」
「疑わしいと思う」
イリュアスを何者かの指示で誘拐しようとしたし、と呟き、お茶を飲むベヒモス。
「確かに、イリュアスは別嬪に育ったよ。傭兵を始めた頃から知っているけれど、気立てもいいし手料理も美味いし」
そう言っている彼の脳裏には、手足がやや細くて一見少年のように見えた16歳のイリュアスが映っていた。最初のうちは傭兵としてやっていけるのか、多少心配だったが彼女は立派に成長していた。今では『竜紋持ちのイリュアス』という通り名さえ聞こえてくる。
「本当にお前がイリュアスに惚れていたとしても、俺は反対だな。第一に、彼女に惚れているやつを1人、応援しているんでね」
「ああ、そうかい」
ユエフィはその言葉に笑った。相手が誰であろうと、不足はない。ユエフィは外見にこそ自身はちょっと無いものの、声には自身があった。事実、外見・声共に整っており、町の娘達は放っておかないだろうが。ベヒモスも彼を『美形の部類に入る青年』と認識しており、内心イリュアスがこいつに靡いたらどうなるんだろ?とかも考えたりしている。
「竜の婚約者になるには『契り』が必要か。ふむ、『契り』ねぇ……」
ユエフィは小さく呟き、ガレットを口にしながら本を読み進めた。そして、ある一文に目を留めた。ちらり、とベヒモスが見ていないことを確認し、神経を研ぎ澄ます。
(もし、これが奴に知れたら……拙いことになるぜ、おっさん)

 一方、その頃。パトスは街道をヒス・レシェレではなく、アジェ・デデへ向かっていた。穏健派の神グランジェレの教会へ赴き、海竜王の警護を手伝ってもらおう、と考えているのだ。
(イリュアスを手に入れて、ホロゥシアのペットにするのか?それとも……。どっちにしろ、そんなことはさせない)
街道を途中で東へそれ、岬へと向かう。武神でもあるグランジェレは普段、静かなそこで人々を見守っているのである。暫く進んでいると、一人のエルフが彼の前に現れた。狩人の格好をしているが、右手の甲には真っ青な神珠が輝いている。どうやら、グランジェレ神官の一人らしい。
「…! これはドクターではありませんか」
「久しいな、オルベイン。実はグランジェレ様にお目道理願いたいんだが……」
パトスの問いに、オルベインと呼ばれた青年は何か不穏なものを察知したのだろう。すぐに頷いて指を鳴らす。と、そこには一頭の馬が現れた。黒々とした鬣に感嘆の息を漏らすも、青年は乗るように、と促す。
「現在、我が主は岩場の鍛錬所にて神官たちの武術指導に当たっています。そちらへ案内しましょう」
そういうことか、とパトスは頷き、馬に乗る。
「ありがとう。…そいじゃ、大至急頼む!」
「了解しました、ドクター。しっかり摑まっていて下さいね。ミネルヴァ、誰よりも早く駆け、我らが主の下へ!」
青年はそういい、手綱を鳴らす。パトスは青年の背後で瞳を閉ざし、小さくため息をついた。
(頼むぞ、オルベイン、ミネルヴァ。早く伝えないと……)
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2008-07-17 20:53 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)

第五話:竜を巡る乱気流(2)


 竜の後継者。竜の力を受け継ぎ、世界を守る存在となる世継ぎ。そして、いずれ竜となり世界を護る存在。その力は強大で、並の人間では制御云々以前の問題だという。たとえ上手く適合したとしても、何らかの拍子に暴走する可能性を秘めている。そして、竜は普通の人間よりもはるかに寿命が長い。故に、永遠に連れそう婚約者(後に配偶者となる)を慎重に選び、共に長い任期を過ごす。

 竜の婚約者。竜の後継者(後に竜となる)存在を魂から愛し、心身を護りあう存在。愛する者の為時に力となり、時には制御し、時に癒す。また、長い年月を共にするため、『本当にその人物を愛している存在』でなければなることが出来ない。竜の配偶者はあらゆる痛み、苦しみを共有し、竜と共に世界を護る。強大な力の制御は勿論だが、本当に大切なのは相手を慈しむ『想い』である。

 竜の後継者と竜の婚約者は深い絆で結ばれ、互いに愛し合い、永久の契りを交わす。竜となるその日までに……。

「……」
ハィロゥから貰った本を手に、エルデルグは首を傾げた。食堂の客は彼と今しがた席を立った連れのハィロゥだけであるらしく、他に人影は見当たらない。カウンターでは人魚族らしい男性が鰭耳をぴくぴくさせながら鼻歌交じりにグラスを磨いている。
「…微妙に恥ずかしくなるのは俺が若いからだろうか?」
そう呟きつつ、竜の後継者と婚約者の項目をもう一度読む。確かに竜は世界を護るために存在し、その任期は500年だと言われている。その最後の100年までに後継者と婚約者を見つけ出し、交代しなくてはならない。そして、契約者と婚約者はその間に『完全』に『契り』を交わしておく必要がある。故に互いに魂から愛し合う存在でなければ……と、考えていると、なんか頭が痛くなってきた。
(なんか言葉遊びっぽいなぁ)
気晴らしにトニックウォーターを流し込み、窓に眼を向ける。なんだか若干曇りだしたような気がした。

 しばらくしてハィロゥが戻ってきた。彼は眉間にしわを寄せながら本を読むエルデルグを軽く小突くと楽しげに笑った。
「何するんですか」
「いや、ちったぁ覚悟がわかったかな、と」
ハィロゥは相変わらず笑っているようだったが、どことなく眼が真剣だった。それに姿勢を正しつつ彼はウタカタ族の男を見た。
「一応は。とにかくイリュアスもそんな人を見つけなきゃいけないんですね」
「そういう事。で……ここから君がかかわってくる」
ハィロゥは椅子に腰掛けると手元にあったトニックウォーターに口をつけてじっ、とエルデルグを見る。その何処か品定めをするような眼に青年は多少たじろぐが、ハィロゥの顔つきは真剣そのものだった。また飲み物を口にすると、彼はふっ、と笑った。
「お前、イリュアスが好きなんだろ?素直に吐け」
その言葉に、エルデルグは少しだけたじろいだ。はっきりとそう言われると頬がむずがゆくなる。顔が真っ赤になり、溜息交じりに少し俯いた。
「図星か」
「あ、ああ。俺は確かにイリュアスが好きだよ」
エルデルグの言葉に、ハィロゥは小さく微笑む。
「やっぱりな。どう考えてもお前の行動は仲間ではなく愛しい人を探そうとしているそれに見えたから」
そう言いながら彼は一度言葉を切り、何か思い出すように瞳を閉ざす。そして瞳を開くと同時に言葉を紡いだ。
「お前が本当にイリュアスを愛しているならば、お前が竜の婚約者に立候補しないか?」
「えっ!?」
その言葉にエルデルグの眼が丸くなる。
「じゃ、じゃあ…俺にこの本を読ませたのは…!」
「そういうこと」
事も無げに話すハィロゥに、エルデルグの顔が更に赤くなる。同時に彼が、海竜王と何か深い繋がりがある、と確信する。
(ちょ、ちょっと待てよ!た、確かに俺はイリュアスが好きだ。いや、愛してるさ。けれど……)
たじたじになりながらも鼓動が高鳴る。しかし、脳裏には不安の影がちらついていた。
(イリュアスは俺の事を、多分、気のいい悪友としか見ていないだろうしなぁ)
今までの事を色々と思い出すと、唇が乾くような感覚がした。無意識に唇を嘗め、噛み締める。彼女の様子を思い出すと、その想いは届いていない。思い出すと、なんだか胸の奥が僅かに軋んだ。
「確かに、俺はイリュアスの事は好きだ。でも……俺の事なんて、友達としか思っていないんだ」
「ったく、最近の若者は軟弱やな」
煮え切らない様子に、ハィロゥは吐き捨てる。そして音も無く動き、エルデルグが反応するよりも早く胸倉をつかみ、柱へと押し付ける。
「な、何を?!」
「てめぇ、イリュアスに思いを伝えたのか?何かアプロートしてんのかよ?ちったぁ、気合入れてアタックしろぃっ!」
声を押し殺し、耳元で囁く。その酷く真剣な言葉に、エルデルグの表情が曇る。それをハィロゥは無視し、言葉をつなぐ。
「言葉は古いかもしらん。けどなぁ、……けどなぁっ!思いを伝えずに後悔するよりも、ずっとマシだと思うぜ?それに……」
そこまで言って、彼は言葉を止めた。そして耳を澄まし、神経を研ぎ澄ます。これから言おうとしていた言葉は、場合によっては危機を呼ぶかもしれなかったからだ。
「どうした?」
「いや、なんでもない。兎に角だ……イリュアスが好きなら口説け。己の魅力で引き付けてみろっ!」
エルデルグの問いを跳ね返すように、ハィロゥは言うと身を離し、青年の様子を見た。
(さぁ、どうするんだい? ここで引くようじゃ竜の婚約者には相応しくないぜ?)
どこか穏かなはずなのに、そうでないような、空間になってしまった。そう思いながら店主はウタカタ族の男とヒト族の青年のやり取りを見ていた。机には、あまり手がつけられていないヌードルが……。
(ヌードル、冷めないうちに喰って欲しいなぁ)
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2008-07-10 13:24 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)

第五話:竜を巡る乱気流(1)


―世界樹、竜、神。この三つが守る世界。
それ故に、ここは『ミツマモリノヨ』と呼ばれる。

世界樹は世界の中央に聳(そび)え、月の光を元に魔力元素(エステル)を生み出し、世界に満たしている。

竜は属性と空間を守り、世界の均衡や人々の安寧を、命の生きる場所を守っている。

神は人間の心やあらゆる力を具現化し、様々な波紋を広げ、人々の魂を活性化させる。

―人の器を持ってその姿を具現化して。

世界樹と交代するための子孫である世界樹の苗木。
竜・神と交代するための子孫である竜の後継者・神の後継者。
彼らの力を命がけで制御し、永遠に連添う婚約者。
彼らを守り、共に戦う近衛騎士。
この存在があるが故に、この世界は生き続けている。

 イリュアスは何気なく部屋にある伝承を読んでいた。これは、幼い頃から親や学問所の先生たちが語っている、大切な話だ。彼女が読み書きを覚えたばかりの頃、イリュアスの祖父はよくこの話をしてくれた。
(まさかこんな事になるなんて、初めは思わなかった)
苦笑しながら本を閉ざし、ため息を吐く。今も少しだけ気だるく、本を読むのもやっと、だった。それでもこの伝承を手にしたのは、なんとなく懐かしかったから。
「どうするかな」
重い頭をどうにか上げ、またため息を吐く。これからどうなるのか、イリュアスには解らなかった。竜の魔力が上手く肉体をヒトから竜へ変える事ができるなら、明日か明後日には竜紋が全身を覆っているはずだ。上手く行かなかったら、竜紋は左腕のを除き全て消えるだろう。しかし、彼女にはこの文様が消える、とは思えなかった。試練とは名ばかりで、リナス自身は既にイリュアスを後継者にしたも同然、というような眼だった。そう、彼女には見えてならなかった。
(適合しなかったら、竜紋が出ても直ぐに消えて力も収まる。その筈だよな。場合によっては死ぬらしいが……)
知識を確認し、再び寝台に横たわる。白いワンピースから伸びた足が投げ出され、一度バウンド。三度出るため息。
(私は、どうすればいいんだろう)
イリュアスの脳裏には、リナスやベヒモスの声が響いていた。けれど、失恋を人に打ち明けるのは、物凄く恥ずかしい。スオウの事を諦められない自分も、こんな事で魔力を暴走させてしまう自分も。何よりも、弱い自分を認めることが、今の彼女には物凄く辛い事だった。

 一方ユエフィはベヒモスに許可を貰い、彼の監視つきという条件下で温泉に浸かっていた。考え事をしていたら、頭が痛くなってきたのだ。
「くぅうっ!温泉っていいねぇ!!」
湯船で伸びをしていると、ベヒモスがそうだろう、という顔で頷いた。彼にとっても、この温泉は自慢らしい。
「旅の疲れを癒してくれる、ありがたいところだ」
何処となく自信に満ちた笑み。それにユエフィは素直に羨ましい、と思える。ベヒモスは湯を手で掬い、零れ落ちていくそれを穏やかな目で見つけながら言葉を続けた。
「この湯で、多くの人が癒されている。俺もその1人だ」
「へぇ……。ここで湯治をしていたのか」
元は傭兵だった、という噂を聞いていたユエフィはそれで納得したものの、彼は微笑を浮かべて首を横に振る。幾重にも年を重ねた者だけが浮かべる、年長者特有の穏やかさが染み込んだ…それでいて、どこか影のあるモノ。
「時が来たら……話せるかもしらんな」
湯が彼の無骨な手から零れ落ちる。その雫を見つめながら、ベヒモスは瞳を細める。何故か、ユエフィは何も言えなくなった。少しだけ、彼がこの湯で何を癒していたのかを感じ取ったのだから。
(こいつも深い何かが、あるのかも知れないな)

 その頃。エルデルグは1人考えていた。ハィロゥの言葉が、今も脳裏で揺れている。
(竜の婚約者の役割……か)
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2008-07-03 17:12 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)

第四話:惹かれ合う力、交じり合う思惑(9)


 あの一件後、エルデルグとハィロゥは岩場を離れていた。潮が満ちてくる前に避難という訳である。
「ハィロゥ、何か隠していないか?」
エルデルグはなんとなくそんな気になり、傍らに座り込むウタカタ族の男に問う。が、彼はただ首を横に振るだけだった。
(こんな事、約一時間は続けてるよな)
エルデルグは退屈そうに空を見上げた。そろそろ昼食の時間だ。どこかで正午の鐘が鳴る。さほど遠くない場所に教会か何かがあるのだろうな、と思いつつ飛び交う海鳥を見つめた。
「あーっ、早くイリュアスを見つけないとなぁ!酷い目に遭ってなきゃいいんだけどなぁ」
ため息混じりに呟く。が、ハィロゥはそれを聞き逃さなかった。妙に混じる感情を察知し、にやける。
「ほぅ。そのイリュアスというのは恋人か」
「違う。同じ傭兵仲間なんだ。ちょっと行方不明」
「いや、違うな。その言霊には確かに、色欲の篭った感情が混じっている」
色欲と言われ、思わすエルデルグは眉を顰める。
「ちょ、ちょっと色欲って…!?」
「んー、まだそんな事を望める関係ではないか。恋仲ではなくて片思いという病なのだな、若者」
ハィロゥは懐から煙管を取り出し、くるくると指で弄びつつエルデルグを見る。若い傭兵の頬は赤く染まり、慌てている。
「もしや、高ぶりすぎた熱をその想い人で…」
「なんちゅー事ほざいてんですか、あんたはっ!」
どごっ、と鈍い音がした。ハィロゥの腹に光り輝くエルデルグの拳がもぐりこみ、思いっきり吹き飛ばしていた。この間、5秒。砂煙を上げ、浜辺に沈んだハィロゥはけほけほと咽つつ立ち上がり、砂を払う。
「いやいや、否定しなくて結構。同じ男として同情するよ」
「そんな事は、していません」
煙管を探しつつ答えるハィロゥにエルデルグはジト目を向ける。彼は紅潮したままの若者に苦笑しつつ、落ちていた煙管を拾い上げた。
「若人よ。先人も言っているだろう。どんなに忍んでいても、恋は色に出る、と」
其処までいい、もう一度エルデルグを見る。今も少し頬が赤い。
「ですから、イリュアスはただの傭兵仲間ですよ」
「なら、何故そこまで心配し、探すのか?傭兵なら自力でどうにかするだろう?」
しかし、エルデルグは肩を竦める。ハィロゥが敵ならば、イリュアスを狙うかもしれない。しかし、先ほどの戦いではどうやら味方っぽい雰囲気さえある。少し考え、彼は意を結して口にした。
「イリュアスは、ある神の信者に誘拐されてしまったんです。その相手を追っていたら…貴方に出会ったってわけで」
「何故」
風が吹く、二人以外誰もいない浜辺。ただただ波が遠くで打ち寄せ、エルデルグは言う。
「…海竜王の後継者として、選ばれたがため、です」
その言葉に、ハィロゥは表情を研ぎ澄まし、真面目な笑みを浮かべた。

 一方、その頃。ハーフエルフの医者、パトスもまた気配を追って海へ向かっていた。自分の勘が正しければ、嫌な相手が敵に回っている。だったら、自分が、奴を倒してイリュアスを守りたい。そう思った。
(エリゼル、俺たちを見守っていてくれ…。頼む)
胸の中で、亡き妻に呼びかける。彼女が微笑んでいてくれていたから、彼との戦いにも生き残れ、妻と結婚する事ができたのだから。ふと、ヒス・レシェレの方向を見てみる。と、僅かばかり頬が引きつった。妙に空気が痺れている。『邪神』ホロゥシアの力に、『竜』の気が怒っているような気がした。
(穏健派の海神たちが、手伝ってくれると助かるんだがなぁ)
海竜王の宮と程近い所にその一柱グランジェレの本拠地がある。彼ならばきっと協力してくれるだろう。恐らく『海竜王』の事も感づいているはずだ。だからまずは其処を目指す。
「急がないと」
パトスは、僅かに足を速めた。

 エルデルグとハィロゥはとりあえずヒス・レシェレに戻った。そして手ごろな食堂に入ると昼食としてヌードルを注文する。魚で出汁をとったヌードルはさっぱりとしていて人気である。
「…そーいう事、ね」
今までの経緯を聞き、ハィロゥは小さくため息を吐いた。そして少しだけ表情を曇らせる。
「厄介な事になりそうだな。まぁ、魔力のほうは適合しているなら…竜化も時間の問題だろ、その…イリュアスちゃんは」
ハィロゥはそう言うと先に来たおにぎりを食べながらエルデルグを見る。彼は心配そうに口を開いた。
「なんだか魔力が不安定だったみたいだし…、熱もあった。だから余計に心配で。普段風邪なんて引かないし」
「その顔が、やっぱ普通の仲間を心配するような顔じゃないんだって。まぁ、いいとして。…不安定なうちに手に入れて神に捧げようとしてんだろ。相変わらず嫌な連中だな、うん」
すっかり乱暴な口調となったハィロゥはお茶を飲みつつエルデルグに相槌を打つ。が、青年は疑わしそうににらみつける。
「ところで。ハィロゥさんは何なんですか?」
「まぁ、慌てるな、若人。…ベヒモスと同じと思ってくれればいい」
ベヒモスを知っているらしい。同じという事は竜の近衛騎士という事になる。なるほど、それならば妙に詳しかったりしてもおかしくは無い。少しだけ、胸を撫で下ろしていると、ヌードルが来た。それを確認しつつ、ハィロゥはにっ、と笑った。
「覚えておけ。竜には『婚約者』…そして『配偶者』が必要になる。長い年月を添い遂げる大切なパートナーがな」
妙に力が入った言葉に、エルデルグは思わず背筋を正す。
「そりゃ、そうですよね。支えがないと辛いでしょうし…竜の役目って」
「その通り。竜の力は凄いからね。制御できる存在が居ないと」
彼はそういいながら、真面目に、まじまじとエルデルグの眼を見た。それは何かを確かめるような、それでいて訴えるような。
「竜の婚約者の役目。そして、力をお前は知らないだろうな。竜を、竜となる存在を魂から愛し、共に生きる覚悟が無きゃなれんぞ」
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2007-08-16 12:45 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)

第四話:惹かれ合う力、交じり合う思惑(8)


 一方、軟禁されているユエフィは差し出された紅茶に手をつけず、ただただ天井を見上げた。柔らかな光を浴び、それに眼を細める。
(あの女、実に美しいディテールをしているよな)
脳裏に浮かぶのは、イリュアスの姿。初めて眼にした時はいい女だな、というぐらいにしか思わなかったが……あの宿で盗み見た時、木目の細やかな肌や真面目そうな眼を見ていると、胸が軋んだ。
(スィランもいいディテールだったが……イリュアスも負けず劣らず。胸の辺りが若干寂しいが、腕のラインはイリュアスの方が)
不意に、妹の姿が脳裏に浮かんだ。里を滅ぼされた際、生き別れになった存在で現在探している。報酬の一部は、妹探しを手伝ってもらうことだった。
「まぁ、奴を裏切ってイリュアスを浚って妹探すのもいいな。そして、ゆくゆくは三人で暮らすのも楽しいかもしれないな」
そんな事を考えていると、少し寂しい気持ちになった。そして、消えることのない傷から記憶が滲み出ていた。

 炎が揺れる。斬撃の音があたりに響き、次々に人が土に沈んでいく。白い衣服を纏った者たちが、村人たちを襲っていた。混血の存在を認めない純血主義が。人間などを初めとする純血種と多種族同士での婚姻が原因で生まれた混血種が暮らす小さな村に。ただ、存在を認め合っていた、それだけの理由で。

―混血を混沌と見做し『絶対悪』と定める神・エシュノムの信者達が。

そこの長であった父親は、多くの襲撃者たちの前で有翼人特有の美しい翼を毟られ、圧し折られ、胸を裂かれて死んだ。母親は戦いの中で散って行った。コンビを組めば最強だった筈の片割れは、自分と妹を庇って死んでしまった。村人の殆どが死に、生き残った僅かな者たちは命からがら逃げ、他の友好的な村に助けられる。これが後に『カルナティーノの惨劇』と呼ばれる事件の、ユエフィが見た姿。

 二ヵ月後、村を襲った純血主義者達の殆どが国の騎士団に捕まり、現在ではその殆どが服役している。それでも、村の生き残り達は純血主義者を恐れる。自分達の存在を否定する奴らが、恐ろしかった。

 ユエフィも有翼人と人狼族の混血だ。父親の血が濃かった為一見二対(四枚)の翼を持つ有翼人ではある。が、その気になれば狼の姿を取ることもできる。それ故に純血主義者から見れば『混沌』なので『排除』の対象なのである。
(けれど、ホロォシアは全てを認める。そして…竜たちも)
不意にため息をついた。信仰対象である竜と世界樹は全ての種族を認め、擁護している。それなのに神の一部だけが混血種を認めないのである。それが、馬鹿馬鹿しく思えてならなかった。だから、彼は神、世界樹を、竜を時々怨む。
(奴らは祈っても力を貸してくれなかったからなぁ)
惨劇のことを思い出すと、信仰対象となるすべてが憎らしい。祈っても助けてくれなかった彼らを、更に怨みたくなる。起こってしまった事は変わらないというのに。それを知っているから、余計に自分に対して腹を立ててしまう。
「スィラン…、兄ちゃん、頑張るからな。きっと見つけ出して…」
一人きりの客室、そのしっかりとした寝台で、ふと呟いた。その時、不意に声が聞こえた。それも直接脳を揺るがして。
「…っ、ご主人様…」
「お前はどこに居る」
どこか疲れたような声に、ユエフィは落ち着いた声で答える。主は竜を欲している。竜をホロゥシアに捧げ、魔力を実験に使うつもりだ。そうなると、イリュアスは己の意志を失うことになる。それは、悲しい。
「海竜の宮です。現在海竜王が後継者候補に魔力を与え、試練を課しているが為通信が可能になったかと思われます」
冷静にそう考える。本来ならば過激化であるホロゥシアの力などかき消されてしまう筈だ。
「イリュアスもそこなのか」
「ええ。現在は試練の所為でまともに戦うことができません。どうやら心になにか痞えているようで、順調ではないようです」
脳裏に、苦しむイリュアスの姿があった。不適合ならばたった数日で試練は終わり、竜紋は現れないまま。適合するが故、竜紋は全身に回っている。スムーズに行けば既に『竜の後継者』として認められる筈。それなのに…イリュアスは酷く苦しんでいる。
「伝承によれば、発熱などもすぐに終わるらしいのだがな」
主は訝しげに…されど、どこか楽しげに呟き、こう締めくくった。
「お前はイリュアスたちを見張れ。通信を繋ぎ次第、経過も教えて欲しい。…我は自力で潜入口を開く」
そういい、主は通信を切る。ユエフィはため息をついた。

 一方、リナスは寝台の上で一人考えていた。イリュアスの全身に竜紋は回っている。という事は適合している筈である。時期に全身を覆い、人間から完全なる竜へと姿を変えるだろう。それなのに、魔力が上手く回らず、イリュアスは体調を崩している。本来ならば少しの発熱の後、体力の向上などが見られるのだが。
「やっぱり、あの子は何かを悩んでいるのね」
そういい、彼女は思い出す。お風呂で感じ取ってしまったイリュアスの心。強がってはいるが、本当は癒えていない傷。
「誰にも言わないで押し込めるから、膿んでしまうのよ」
感じ取ってしまった悲しさと戸惑いが、リナスにも痛い。その辛さを知っているから、余計に息苦しく思ってしまう。
「竜の魔力が未練に引っかかっている。どうしてあの子は、素直になれないのかしら」
「それは……傭兵だから、もあるやもしれません」
不意に、声がした。いつのまにかベヒモスが心配そうな顔でティーセットを持ってきていた。
「そう、思う?」
「イリュアスは十六の頃から傭兵として戦っております。だから、自然と『自分はこうであるべき』と決め付けてしまったのかもしれません」
私も傭兵でしたから、とベヒモスは苦笑し…丁寧に紅茶を注ぐ。優しい香りを零すアールグレイに眼を細めつつ、リナスはため息をついた。
「重症のようね。どうすれば、気持ちを落ち着かせられるのかしら」
リナスは祈るように呟き、紅茶のカップを手に取った。
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2007-07-01 20:14 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)

第四話:惹かれ合う力、交じり合う思惑(7)

 一方、海辺の岩場。エルデルグが見守る中、ハィロゥは黙って首を横に振った。エルフの男は残念そうな表情を浮かべる。
「生憎、宮に行けるのはごく僅かな者だけらしいですよ。ここは大人しく戻られては」
ハィロゥは穏やかにそう言いつつも、厳しい眼をエルフに向けていた。どうしてこんな顔をするのだろう、と不思議に思うエルデルグ。
「お二人も宮を探しているのではないですか?」
男も穏やかに問いかける。エルデルグは思わず頷きかけたが…ここは一応傭兵として黙っておく道を選んだ。そう簡単に目的を口にしたら拙いことになるかもしれない。
「私たちはこの岩場を通り抜けてアジェ・デデに向かう途中なのです。海神であり武神と歌われるグランジェレの神殿に」
私たちは海神十二柱の巡礼をしているのです、と付け加え、エルデルグも彼に習って一礼した。
(巡礼者…の割には軽い格好だな)
男は内心で思った。神を信仰する巡礼者はもう少し重装備だった事を知っている。だから、思い切って問いかける。
「それにしては、荷物が少ないようで」
「私達はこの辺りに暮らしております故、一軒ずつゆっくりと回っているのです。先月五番目のアテラスへ参りましたが、実に美しい教会でしたよ」
ハィロゥは隙無く、されど自然に答えて微笑む。そして、明らかに嘲笑っていた。
「本物の竜信仰者ならば、宮がどこにあるか、判るのですがね」
その言葉に、エルデルグは表情を険しくした。同時にエルフもまた怪訝そうな表情を浮かべる。
「ここは宮ではない。宮ならば、入り口を直ぐに見つけられるだろうに」
それだけ言うと、彼はエルデルグをつれて立ち去った。後のに残されたエルフは身を強張らせる。
「…なっ…」
呻きとも言えそうな声に、ハィロゥが立ち止まる。そして、何処か冷たい顔で、微笑む。
「それに、魔力を見れば判るんだ。貴方が邪神の加護を受けている、と」
エルデルグには、それが判らず、思わずきょとん、としてしまう。しかし…次の瞬間、エルフは
「くっくっくっ…」
とくぐもった笑いを零し、腹を抱える。してやられた、とでもいう顔だ。
「そうか…魔力!魔力だったか!やはり魔力は嘘を吐けぬか…ハッハッハッハッ…」
そういい、彼はローブに隠していた杖を取り出し、ニヤリ笑うとハィロゥに襲い掛かった。
「正体を現したか」
彼はエルフが放った魔術を一振りで払いのけ、懐から鞭を取り出して応戦する。いきなりの展開に着いていけないエルデルグだったが、彼も気功弾が打てるように呼吸を整えた。
「簡単に正体がばれてしまうとはな。まぁ、其れぐらい出来て当たり前なのかもしれんな…貴様は」
エルフはそういい、楽しげに笑った。その何処か艶っぽさはエルデルグの脳裏で反芻される。うっすらと浮かび上がる、黄昏の光。そして、黒髪を揺らして笑う男…。
(あの町で…すれ違った奴だ)
背筋に冷たい汗が流れた。何故だろう、嫌な予感がする。杖が鞭を払い、その音で我に帰った彼は呼吸を整えて気を固め、放つ。ここまでで5秒。気の塊をエルフは杖でかき消し、もう一度魔力を放つ。今度は衝撃波となって当たり一面に広がった。
「くっ…」
体を飛ばされぬよう、ハィロゥとエルデルグは身を庇い、足で踏ん張った。魔力が強風を生み出し、海をも振るわせた。その中でちらり、とエルフを見る。彼の両手の甲にはぼんやりと輝く暗黒色の宝珠が輝いていた。どうやら、ただの神信仰者ではないらしい。
「ほぅ、少しはやるようだな。しかたない、今この時は退散しよう。しかし、我(わたし)は諦めん。新たな『竜』を必ず手にしてみせる!」
エルフは何処か自信ありげな表情で笑い、もう一度杖を振るう。と、海の水が巻き上げられ、分解し、濃い霧を生み出す。
「なっ…待ちやがれっ!」
エルデルグが駆け出そうとしたが、むにょむにょとした感触の霧がハィロゥ諸共洞窟から遠ざけてしまう。
「あやつ、邪神の力を使いやがったか!」
ハィロゥが舌打ちし、手を握り締める。エルデルグはどうにか霧を気で作った刀で切って進もうとしたが、洞窟の手前についたとき、既にエルフの男は居なかった。
「…これも、神の力なのか…」
エルデルグが不思議に思い首をかしげていると、ハィロゥがどうにかおいついたのだろう、彼の肩を叩いた。
「あれは邪神ホロゥシアの神官がよく使う技だ。どうやら奴は強力な信仰者なのかもしらん」
「ホロゥシア…か」
エルデルグの表情が曇る。ホロゥシアの存在を知っているが故に、あまりいい気持ちではない。
「ホロゥシアは人によっては病を喰らう神として祭られているが、多くの信仰者は『邪導士』と呼ばれる禁忌にも手を染める魔導士だ。傭兵だったらしっとるかもな」
ハィロゥはそれだけ言うと、歩き始めた。エルデルグがきょとんとしているのも気にせずに。我に返り追いかけようとしたが、彼は真顔でこう言った。
「あの男に目をつけられているだろうよ、きみも。逃げるならば今のうちだか?」
「逃げないさ。…イリュアスを探しだす為にも」
エルデルグは真面目に答え、小さく笑う。
(あの男に、狙われていると知ってしまったからには)
ハィロゥの表情が、どこか研ぎ澄まされる。真剣な眼差しで若い傭兵を貫き、確かめるように見つめ続ける。
「正気か。お前は死ぬかもしれないよ」
「それでもさ。それでも…」
試されている、と感じつつも答えるエルデルグ。僅かに右目を抑えながら、唇を舐めてハィロゥを見つめ返す。
(あの男は、海竜王について何か知っているかもしれない。もしかしたら、イリュアスの居場所を…)
そんな事を思うと、何故か何かが、激しく震えた。
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2007-05-31 12:12 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)

第四話:惹かれ合う力、交じり合う思惑(6)

 リナスの目が見開かれる。全身に激しい痛みが走り、魔力が逆流する。思わず吐き気を覚えたが、必死に堪えた。
「リナス!」
ロイドが叫ぶ。が、彼女はどうにか身を起こした。
「すまない、こんな時に…」
「いいよ。…大丈夫だから」
リナスはにっこり笑い、ロイドは余計に心配する。
「…解った。何かあったら連絡してくれ。一応言って置くが…最近、過激派の邪神『ホロゥシア』の動きが活発になっている。…気をつけろよ」
その言葉にリナスは頷いた。

 イリュアスは寝台で目覚めた。全身が火照り、汗でびっしょりになっている。
「なんと、いう…夢なんだ…」
苦しかった。そして、情けない気持ちになった。そろそろ、すっきりと立ち直らなきゃいけない。あんな夢など、見ないように。それなのに、自分はまだ、スオウを求めている…。
(ああっ!)
イリュアスは恥ずかしくなって唇を噛み締めた。そして、体が軋み、激しく痛む。
「畜生…ッ!」
寝台に寝転ぶ。何故だろう、感情がコントロールできない。急に寂しくなって、涙が溢れ出す。
「ダメだ、ダメなんだ…そんな事じゃ…」
胸が痛い。泣きたくて仕方ない。けれど、涙なんて流したら…脆さを認めることになる。
(私は…脆くない!弱くない!)
必死に、叫ぶ。けれど、脳裏に浮かぶ、スオウの声。
『偽ったってダメだよ…イリュアス』
蕩けるように甘い、優しい声で彼は囁く。
『君のそんな弱い姿、可愛くて好きだよ』
今まで、本人からこんな声を聞いた事が無い。それなのに、妙にリアリティがあった。まるで其処に彼がいるような…。
「あいつは偽者だ…。私が知るスオウはそんな事を…」
そんな時、ドアをノックする音が聞こえる。イリュアスは必死に心を落ち着かせようとした。こんな姿を、見られたくない。
「だ…誰だ…」
問いかけると、返事が返ってくる。穏やかな、優しい声だ。聞き覚えのある声に、彼女は顔を綻ばせる。
「ベヒモスだ。…軽食を持って来た」
「今、開ける」
ベッドから起き上がり、一度顔を顰めて…元に戻す。平静を装い、ドアを開けた。
「…辛そうだな」
ベヒモスは彼女の顔を見るなり、そんな事を言った。そして、テーブルに持って来たティーポットとカップ、チーズケーキを置くと、彼女に向き直る。
「これでも食べて落ち着くことだ。…なんなら、もう一度温泉に入ってくるか?」
「大丈夫です。ありがとうございます、ベヒモスさん」
いつものように笑って答えるが、眼が僅かに潤んでいる。僅かに息が荒い。どこと無く熱があるように見え、ベヒモスの表情は曇る。イリュアスもそれに感づき、ほんの少し居心地が悪くなった。
「そうとは思わないけれどな」
ベヒモスの穏やかな声に、胸が痛い。傷が疼きながらもイリュアスはそれを隠そうとする。
「…少し、話をしてもいいかな」
「はい」
ベヒモスはイリュアスが頷いたのを見ると少しだけ、小さくため息をついた。白く柔らかい光が天井から注ぐ中、白磁のカップに紅茶を注ぎながら口を開く。
「ヒトの心は、ちょっとした切欠で鋼のように強く、土くれのように脆くなるものだ」
どこか遠い眼で言葉を紡ぐ。少しでも、イリュアスの心が素直になってくれる事を祈りながら、考える。
(こいつも、強がりな所があるからなぁ)
少しだけ間を置き、紅茶を勧めながら
「今のお前は…壊れかけた硝子細工みたいに思えるよ」
「それはどういう意味ですか。何が言いたいんです?」
僅かに苛立ったイリュアスの声。しかし、ベヒモスは穏やかに言葉を続ける。
「そのままの意味だ。感情を無理に抑え、壊れそうになっている。リナスも言っただろう?…このままじゃ壊れてしまう、と」
イリュアスは胸元を掴み、ベヒモスから視線を逸らした。痛い所を突かれ、何も言うことが出来ない。
「どうしてそこまで、強くあろうとする?」
その問いかけに…イリュアスは酷く表情を曇らせたまま、だんまりを決め込んだ。僅かに首を横に振り、瞳を閉ざす。が、怒っているのか戸惑っているのか…竜紋が、うっすらと彼女の左半分を覆っていた。
「俺には、語れないのか…」
ベヒモスからため息が漏れる。長年彼女を見続けたベヒモスとしては悲しい事である。大切な友達が苦しんでいるのに、何も出来ない事が苦しかった。
「無理にとは言わん。信頼できる者に、語ればいい」
それだけ言うと、ベヒモスは部屋を後にした。紅茶の香りが鼻をくすぐり、イリュアスはそれで竜の近衛騎士が出て行った事に気づいた。
「ベヒモス…ッ」
声を上げたものの、既に彼の姿は無かった。

 リナスは通信を切り、寝台に横たわった。と同時にクウジュがやってきた。用意された白磁の皿にアロマオイルを垂らし、下を炎の結晶で暖める。
「ご無理をなさらずに、リナス様。今は大事な時ですよ」
クウジュは近くの椅子に腰掛け、そっとリナスの髪を撫でてやる。しばらくするとリナスの寝息は穏やかになり、魔力も落ち着きを取り戻した。同じ物をイリュアスの部屋にも置くことにしよう。クウジュはそう考え、もう一度リナスの髪を撫でた。
(イリュアスが無事竜になったら…任期は残り100年になる。彼女が立派な竜王になれば、リナスの役目は終わる)
どこか遠い目で主を見つめ、過去に思いをはせる。前代から竜王の位を引き継いだリナスは仲間たちと共に困難を乗り越え、立派な『海竜王』となった。夫と、五人の近衛騎士たちと共に。
「イリュアスも、無事に竜化するといいな」
一人呟きながらクウジュは席を立つ。もしかしたら、ユエフィの仲間が宮を見つけるかもしれない。と、なったら今は危険な状態だ。会わせてはならない。
(嫌な予感がしますね)
彼は部屋を出ると白衣を青白いローブへと変換させた。そして、宮を隅々まで点検することにした。

 一方、玉座を守っていたシノンは人魚の鰭耳をぴくぴくさせつつ考えていた。
(普通、竜の力に適応できなかった奴は3日ぐらいで死ぬ。イリュアスは幼少から頭痛に悩まされてきたみたいだけれど…別の力が働いているのかな?)
ふと、脳裏に浮かぶ思い。『竜の後継者』の候補は生まれながらに紋を持つことが多い。が、竜が本格的に力を流すまで、何の反応も無いはずだ。イリュアス自身が持っていた魔力が強いのか、も考えたが…それならば成人と共に収まるような気がした。
「随分前から、神に命を狙われていたりして」
小説ではあるまいし、と一人呟きながら考察を止めた。感情の起伏が激しいのも、多分アレの所為だろ?なんて思ってしまったりするシノンだった。
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2007-04-28 11:48 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)

第四話:惹かれ合う力、交じり合う思惑(5)


 天竜王ヴリトラ、地竜王ベヒモス、冥竜王ファーブニル、そして…海竜王レヴィアータン。この四頭が【四柱竜王】と呼ばれており、竜信仰では世界の基盤となっている。
「…リナス…大丈夫か」
不意に、声がした。自室で休んでいた彼女は顔を上げ、指を鳴らす。すると目の前に霧が現れ、スクリーンとなる。そこには赤い髪に銀の瞳の青年が姿を現した。
「…ロイド…久しいですね。かれこれ五十年ぶりでしょうか?」
「ああ。それにしてもリナス…レイから話は聞いた。漸く、後継者候補がやってきたそうだな」
ロイドと呼ばれた青年は少しだけ、優しい顔になるが、直ぐに険しくなる。目の前の友人が、疲れているように見えるからだ。
「そんな顔をしないで。私は平気よ」
「無理はするな。今、魔力を流しているのだろう?その候補者に」
彼はリナスを気遣い、ベッドに座るよう促す。が、リナスは立ったままロイドの目を見た。
「魔力が、適合しないのか?試練は行き詰っているのか?」
「なんとも言えないわね。魔力は適合しているけれど…あの子の心が酷く苦しんでいる。物凄く、傷ついて苦しんでいるのに、我慢している。それが、魔力に響いて…」
語っている間にも、リナスの体に痛みが走り続ける。イリュアスは未だ、失恋の痛みと向き合えていない。そして、自分の気持ちにも。それが引っかかって、うまく行かないのだ。
「大変そうだな、そっちは…。まぁ、クルーエの時も色々あって大変だったけれどね」
ロイドが苦笑する。リナスもそうだったわね、と頷いた。途端、激痛に耐え切れず、寝台に身を投げ出す。
「リナス!」
「大丈夫。少し、流しすぎただけ…」
彼女はそういい、気丈に笑ってみせる。けれど、ロイドの目には、その姿が痛々しくてならなかった。

 一方、イリュアスは夢の中にいた。そして、一人その場に蹲る。
(違う、絶対に違う!…失恋が…私を苦しめているなんて…)
そういいつつも、胸の奥で何かが呻く。それは、恰も叶わなかった恋を嘆き、思う相手を呼び続けるかのように。
(違う、違うんだ…。きっと、もっと別の事だ。私はまだ、子供なところがある。だから、それに違いない!)
イリュアスは必死に否定する。けれど、息苦しい。悲しくてしょうがない。
『イリュアス、よく考えて』
リナスの声が聞こえる。それは優しく、けれど傷に沁みる。
『その思いは、どうにもならないでしょ?』
―でも、言えない。こんな苦しくて、恥ずかしい事!
『なら、吐かなくちゃ。吹っ切れないのも解かる』
―ダメなんだ、私は…そんな弱さを見せてはいけない。
『けれど、黙っていたら膨らむだけよ。だから』
―それでも、黙ってでも乗り越えなきゃいけないんだ…私は!
それなのに、全身が熱くなる。冷静になろうとすればするほど、反比例的に、火照っていく。世界が揺れた。眩暈がする。魔力が、全身を駆け巡る感触に、痛みと快楽が混じっていく。何故だろう、吐息に悲しい声が混じっていくようだった。
―イリュアス…。
「…誰だ…」
イリュアスは息も絶え絶えに問う。けれど、それに答えるものは居ない。それなのに、焦ってしまう。
(違う…違う…筈だ…)
それなのに、ふと、感じてしまう…疑問。
『スオウは、恋心もないのに、何故私を抱きしめた?』
彼の温もりが、瞬時に蘇る。優しい声が、優しい瞳が、優しい感触が。そして、愛しいその影が…脳裏にぼんやり、浮かんでいく。
「スオウ?…スオウ…なのか?!」
イリュアスが叫ぶ。おかしい。何かがおかしい。けれど、気配を覚えた。呼吸が荒い。不思議と、胸が高鳴る。
―こっちだよ、イリュアス。
声のままに、イリュアスは走り出していた。行っても其処に、彼は居ない。そんな気がしたのに、気配がある。矛盾が、混乱を招いていく。
「スオウ…なのか?」
暗闇に問う。すると、一気に辺りが明るくなった。
「そうだよ、イリュアス。逢いに来たよ!」
彼はそういい、優しく微笑んだ。淡い灰色の髪、紅蓮の瞳、淡褐色の肌。紅いローブ、獣毛に覆われたエルフの耳。銀がかった灰色の尻尾。穏やかな顔…。全てが、別れたあの日と違っていない。
「何故、ここにお前が居る?」
イリュアスは表情を険しくした。本当はうれしい。けれど、おかしい。今の自分は『海竜王の宮』にいる。スオウがここに居るはずがない。それなのに…。金色の瞳が、酷く震えた。
「スオウ…逢いたかった…。けれど、何故、逢いに来た?」
彼女の、愛しそうな、自分でも悲しくて柔らかい、甘えた声。それに、彼はやんわりとした笑顔で答える。
「君を迎えに来たんだ。…愛している君を」
瞬間、イリュアスの表情は凍りつく。
―誰だ、こんな茶番を作ったのは!
イリュアスの険しい表情に、スオウはきょとん、とする。
「どうしたんだい、イリュ。君は俺を愛してくれる。俺も、君を愛しているんだ。こんな場所から出て、一緒に世界を廻ろう」
手を差し伸べるが、彼女は乱暴に振り払う。
「嘘をつくな。…偽者が!」
「酷いな、イリュアス。俺を偽者だなんて…」
その優しい声が、今の彼女には痛い物だった。諦めきれない思いが沸々と音を立てて胸に沸き起こる。けれど、彼女の知る『スオウ』とは、違いすぎる。
「スオウ。君には愛しい人がいた筈だ。私ではなく、別の女性を愛していた筈だ」
「彼女じゃない。俺が愛しているのは」
スオウが言葉を続けようとしたが、イリュアスは素早く言う。そうでもしないと、心が壊れそうだった。
「黙れ、痴れ物!私の知っている『スオウ』は…そんなに簡単に愛している、など言わない!!」

―ゴメン、イリュ…。

あの時、精一杯悲しませまい、とした彼の言葉が、脳裏に浮かんだ。あの芯のある声。
「お前の声には、芯がない。お前は…偽者だ!」
イリュアスはすっ、と指差し…彼を睨みつける。けれどスオウは…にっ、と笑い、音もなく彼女を抱きしめる。その素早さに、イリュアスは何も出来ず、目を白黒させてしまう。
「なっ…?!」
「偽者…ねぇ…。君がそう思うなら、そうかもしれない。けれど此処は君の『夢』だ。そう、成し得なかった君の欲望を、密かに叶えられる場所だよ…」
スオウが口ずさみ、そつない仕草で彼女の首筋をちろり、と嘗める。途端に体温が跳ね上がり、目をぎゅっ、と閉ざす。
「…あぁ…」
「君は心も、体も求めていた。夢では何度も手を繋いだり、唇を交わしたり、体を…」
「言うな!…離せ、離せぇっ!」
「偽ったってダメだよ…イリュアス」
もがくイリュアスに、スオウは苦笑する。そのまま、横腹に手を這わせ、更に強く彼女を抱きしめる。
「君のそんな弱い姿、可愛くて好きだよ」
その言葉に、イリュアスの脳裏が白くなった。
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2007-02-09 11:12 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)

第四話:惹かれ合う力、交じり合う思惑(4)

 エルデルグとハィロゥは海辺の岩場を歩いていた。本当は分かれる予定だったが、こうして一緒に歩いている。
「へぇ、ハィロィってここらへんに詳しいんだ」
エルデルグは感心したように呟く。と、いうのも住人でも知らないような道を行き、本来ならば目抜き通りから三十分はかかる筈の海辺へと十分でやってきたのである。
「まぁ、ね。長年住んでいれば」
「じゃあ、お前はここの出なんだな」
ますます感心するエルデルグに、ハィロゥは僅かに照れる。が、口元は緩んでいた。
「出身ではないが、色々あってね。それに、相方の都合もある」
「相方?」
その言葉に、エルデルグは首を傾げる。彼は気付いていなかったが、この時、僅かに…ハィロゥの頬に朱が射した。
「どーだっていい。…ああ、そうだ。エルデルグ、昨日渡したあのアイテム…どうした?」
急に問われ、エルデルグはきょとん、となる。確かに感情がわかる水晶を彼はハィロゥから貰った。
「友人に、あげました。綺麗だったから」
「そうか…。んじゃ、試しにやってみるかな」
ハィロゥはそういいつつ、鞄から1つのコンパスを取り出す。中にある青い針はクルクル回っていた。それにあわせ、ハィロィが何か呟くと、急に一方向を射すようになった。北などの方角は、書かれていない。
「なんだ、そりゃ?」
「人探しコンパス。今回の場合【エルデルグが昨日、オレから貰った『言霊写し』をあげた相手】というキーワードがあるから、名前がわからなくてもたった一人。直ぐに見つかる」
彼はそういいつつ、針の指す方へ歩き出す。エルデルグは訝しがりつつも…ついていく事にした。
「…おかしいか?」
不意に、ハィロゥは問う。が、エルデルグは首を傾げる。
「その不思議そうな顔だ。一人称の事だろう?」
「…あ、ああ…」
エルデルグはとりあえずそういう事にしておいた。が、今思えば彼の一人称が変わっている。それはよく問われる事なのだろう、ハィロゥは成れた口で言い続ける。
「普段は我輩とか言っているけれど、オレの時もあるかな。商売中は大抵オレって自分の事を言っている」
「ふぅん、変な奴。普通逆じゃねぇか?」
「まぁ、気分って奴だ。気分」
そんな会話をしつつ、二人は歩き続ける。…と、目の前に洞窟が現れる。そして、その傍に…一人のエルフが立っていた。
「あれ?」
エルデルグは少し首を傾げる。その傍らで、ハィロゥは表情を険しくする。心なしか、身を少し固めた。エルフの男は少し何かを考えていたが、漸く、二人に気がつく。
「竜信仰者なら、いいのだが」
ハィロゥが、小さな声で呟くが、二人には聞こえていなかった。それが内心嬉しかった。
「ああ、助かった!こんな所に人が居るなんて…」
エルフの男は心底安心したようで、胸を押さえて微笑んだ。恐らく道に迷ったのだろう。
(町で会った気がするけど…気のせいだよな)
エルデルグが首をかしげている横で、ハィロゥは厳しい眼差しを向けていた。
「此処はあまり人が寄らない場所。足元も不安定で、危険です。潮が満ちると腰まで水がきますよ。早く立ち去ったほうが身のためです」
「そうですか。しかし困ったな…レヴィアータン様の宮へお参りに来たのですが…迷ってしまって」
エルフの男は長い黒髪を揺らし、苦笑した。青と緑の瞳が、どこか細くなる。
「一応、町の方向でも教えたらどうだ?」
エルデルグはそう、ハィロゥに耳打ちするが、彼は首を横に振り…黙ってエルフの男を見続けた。
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2006-12-24 10:53 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)