ある野良魔導士の書斎

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頭がすっきりしない…低気圧と季節の変化が恨めしい。 (フーレイ、本当にすみません)


ついに9月になりました。フーレイです。
今回の書き込みは支離滅裂覚悟の本音です。
諸事情があり、こういった書き込みをすることをお許しください。
あと、誤解がないように言っておきますが、僕は精神的にやや疲労している
だけなので、ご安心ください。


以下、平気な人のみご覧ください。
これを読んだから苦痛になったとか苦情は受け付けません。

       …………………(ボーダーライン)……………………


 まぁ、さまざまな意味で色々あって……精神的に消耗している気がする。僕以上に友達やら母が消耗しているんだけれども。けれど、季節の変わり目と疲労が重なったのか感情的になり易い。気分転換しても、なんかその時だけしか楽にならないような。そんなことやら、最近のことをまじめに考えていくと、ここで自分の心を整理させるのと同時に本音をはいてしまおうか、と考えた。だからこう言った記事を書いている。

 自殺のニュースとか聞くと、やっぱり苦しい。カミングアウトになるかは解らないが、友達がそうなっている(すでにメッセでは何人かの友達に話しているけれど)。過去に、僕も自殺を考えたことが何度かある。けれど今思えばその理由は、あまりにも浅はか過ぎる。自殺をやめた理由も
「橋の上からのぞいた川に、ごつごつとした石がたくさんあって痛そうだった」
とか
「よく考えたら次の日が好きな先生の講義だった」
とか
「今死んだら祭が成功しない」
とかいった単純な理由で、死ぬことをとりやめにしたもの。そういったことを振り返ると、僕は友達に何もできなかった気がしてならない。だからあのとき【僕は親友でありえたのだろうか】と一文を書いていた。

冷静になって考えてみてくれ。
 本当に絶望しているのか? ある人曰く「絶望は1度しかできない」らしい。何度も絶望した、とおもう人は、本当の絶望をしらない、というらしい。僕は、この考え方に当初反発を覚えたが……実を言うとひそかにそうなのかもしれない、と思い始めている。また、三浦さんの描く『ベルセルク』という漫画で有名な台詞で
「逃げた先に、楽園はない」
といったような台詞がある。僕は逃げた先が楽園だと思えばそれが楽園だと考えている。
けれど、それは生きる事を仮定して。逃げる=自殺ならば、その先に「楽園はない」と考えているから。と、いうのも自殺した人の霊というのはその場に縛られて何度も死ぬ瞬間を繰り返すらしい。
「それでもいいじゃないか」
と思う方も多いかも知れないが、僕が予測するに自殺の名所と呼ばれる場所が生まれるのはそうやって何度も死の瞬間を繰り返すうちに仲間を求めてしまう。あるいは楽になりたいと考えてしまう。だからこそ生きる人間を頼り、巻き込み、拡大させているのではないか?

 あと、自殺した場合他人に迷惑をかけないとか思っている人は多いだろう。甘い。実を言うとかなり迷惑をかけてしまうケースが多いのだ。首吊りでも発見されないとカメラで写す場合モザイクが必要になるほど凄まじい状態になるようだし(臭いも物凄いとの事)。海や川に飛び込んだとしても引き上げる際重いし、発見が遅いとフジツボとかついていてこれまたモザイクが必要な衝撃映像になってしまうそうな。電車に飛び込んだ場合が大変らしくピンセットで肉片を一つ一つ丁寧にとらなくてはならない。

遺族に請求が来る=迷惑がかかる

家族を信用していないって人はそれでもOK!と考えるでしょう。けど、それ以外にも迷惑かけているんだよね。

話がおもいっきりずれた。
 まぁ、ようはそこまでして自殺して本当に安らげるかということ。言っておくが、遺された「本当に貴方を思っている人たち」を裏切るね。それに自殺してそれをあざ笑う人間だっている。そういったのは悔しいとは思わないか?……思わない?あ、そうか、そうか。

 僕が今、生きていることに理由はない。しいて言うならば生きたいから、生きるだけ。今自殺を考えている人からしてみれば、私が体験した苦労は序の口でしかない。ある場所で死ぬ事にした友人からしてみても。けれど、僕は確かに苦しかったし今も苦しい事がある。誰かに話せるだけいいとか思うならば考え違いだ。他人に言えない苦しみの1つや2つ、誰だって持っているだろう!それと同じだ。

 あっ、よく考えればの話、人間だれしも結局は自分が1番愛しいのかも。だからこそ、痛い言葉を聴こうとしないし、結局……って人も出てしまう。結局のところ自分の苦しみは自分にしか解らない。当事者じゃなかったらその苦しみを知らない。解りえない痛みだってある。
だからこそ耳を閉ざして閉じこもる。
……それって、なんか寂しくないか?
話しているほうからすれば、悲しいことだな。僕もそういう所があるけれど……、やっぱりそうやって心配してくれるうちが花。ありがたい事なんだ。最初は嫌なだけだったけれど、今はそう思える。本当の友達は、そうやって真剣に話をするものなんだ。

 死ぬのは避けられるものじゃない。所詮最後には一人で墓へ入ることになるんだから。病死や事故死はいつあるかわかったもんじゃないし。けれど、自殺だけはもう勘弁してくれ。今までこうやって長々と色々脱線気味に支離滅裂に書いているけれど、ストレートにいうならばただ、生きろ、とだけだ。

 そして、死にたいと思う気持ちがあったとしてもおちゃらけて生きている僕がいることを忘れないで欲しい。僕のようなちゃらんぽらんで偽善者で、無知な人間が小さなことでくよくよしながら時に這いずり、時にあえぎながらも生きている。思い出せないとかいうかもしれないけれど、決して1人では生きられないことを思い出せ。それでも死のうとするならば、馬鹿だ。何も思わないだろうけれど僕はそう叫ぶ。もう、友達をこんな形で失いたくはない。
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by jin-109-mineyuki | 2008-09-01 14:36 | 日常生活