ある野良魔導士の書斎

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第五話:竜を巡る乱気流(4)


 岬の下にあるグランジェレの鍛錬所。ここは実を言うとレヴィアータンの宮に程近い。それ故に、彼にもレヴィアータンの不調はありありと感じ取れた。
(確かに、そろそろ時期だな。しかし、それにしても不協和音が酷い)
白銀の瞳を細め、眉を顰める。今にもリナスと候補生の苦しむ声が聞こえてきそうで、痛々しい。
(これはどうにかしなければ……)
彼は若い神官たちに各自で鍛錬をするように言い渡すと、その場をあとにした。そして、やや下にある展望広間へと向かった。海に突き出たそこはよく『予見』の鍛錬で訪れる。それ以外にも青々とした海を眺めるために足を向け、憩いの場にもなっている。
「さて、どうしたものか」
潮風に海色の髪を靡かせ、海竜王が暮らす海を見つめる。そして、潮騒に混じる蹄の音を感じ取り、小さく口ものを綻ばせた。
「やはり、か」

 (そう簡単には探させてくれないか)
エルフの男は小さく笑い、洞窟で一人作業に没頭していた。薄暗い中、唯一の光源は傍に置いてあるカンテラだけ。彼は歌うように呪文を呼び上げながら、目の前に並ぶものを見つめていた。
(時間稼ぎにはなるだろう。それに、こいつらの瘴気でカモフラージュになる)
両手の甲にある、黒い神珠が僅かに光る。彼が信仰する神が、力を貸している証拠だ。洞窟の中で蠢いていた魔力が一気に負のものになり、一瞬、あたりが真っ暗になる。カンテラの光さえも届かないほどの闇。しかし、それも一瞬の事。すぐに晴れていった。同時に浮かび上がるのは不気味な赤い光だった。それも一つではない。幾つもの赤い光が、ふうぅ、と浮かぶ上がった。
「我に続け。竜の宮を見つけるのだ。新たな『竜』をホロゥシア様の物に!」
その言葉に反応し、赤い光は一斉に動き始めた。どこか粘着質めいた音が続き、洞窟からだ出たそれらは次々に岩場へと足を進めた。
「パトスも恐らくヒス・レシェレへと来るだろう。お前の大好きな輩が相手をしてやろう」
男は瞳を細めて呟くと、手を胸に置いた。
「……貴様が望めば、エリゼルも戻ってくるというのに。美しき我が理論に基づく秘術を嫌うとは……つくづく損をしているのだぞ?」

 (……イリュアス……)
ベヒモスはふと、試練を受けている若い傭兵のことが気になった。彼女はどうやら、失恋から立ち直れていない。しかも、酷く未練……と、いうより、拭いきれない疑問が、あるようだ。
(やはり、あの頃と変わっていないんだな)
小さくため息をつく。そのやや無骨そうな顔に心配の色が浮かんでいるとも知らず、傍らのユエフィはお茶を飲みながら本を読み進める。
「なぁ、ベヒモス。何も危害を加えない、脱走しないと誓うから、イリュアスに会わせて欲しい」
その一言に、ベヒモスは少しだけ眉を顰める。
「何をする気だ?」
「ただ、話がしたい。それだけだ」
ユエフィはどこか真面目にそういい、席を立つ。ベヒモスは少しだけ考えた。ユエフィはある人物の指令でイリュアスを攫った。だから、警戒しておかないと、何が起こるかわからない。マジックアイテムや武器の部類は取り上げているが……。
「本当に、それだけか?」
「ああ。本当に、それだけだっ」
ベヒモスの重ねるような問いにいい加減にしてくれ、と顔で言いつつユエフィは答える。そしてほんの少しだけ頬が赤いままそっぽを向き、
「惚れるぐらい、自由にさせてくれ」
「……」
ベヒモスは、その言葉に対し、何も言わなかった。

 その頃リナスは寝台から身を起こしていた。そして、自分の身体に浮かび上がった竜紋を沈め、あたりを見渡す。
「どうしましたか?」
そう言ったのはクウジュだった。彼は冷たいお茶をガラスのコップに注ぎながら笑顔を向けて心配させないようにしていた。
「いえ、イリュアスに竜王として色々教えておこうとおもって。ユエフィにも……」
「そう、ですか。でしたら広間でやりましょう。ベヒモスと私がいれば手出しは出来ないはずですから」
その言葉に僅かに頷きつつ、リナスは指で唇をなぞった。考え事をするときの癖で、時折こうしている。そして、この動作が出ると決まって瞳を閉ざしている。
(この仕草を、あの方は甚く気に入っていましたね。……早く戻ってきてくれると嬉しいのですが)
細い指がふわりと形よく膨らんだ唇を滑る様を見ながらクウジュは思う。今、彼女自身も色々不安定な時期であり、【竜の配偶者】たるその人にも側にいて欲しかった。しかし、彼は今ここにはいない。
(……早く、帰ってきてください。そして、貴方の愛しい人を支えてください。我々近衛騎士よりも誰よりも、貴方様の存在が必要なのです)
1人切実に思っていると、リナスがぽつり、呟く。
「……イリュアスは、ユエフィをどう思っているのかしら?」
「………………えっ?」
急に飛び出た言葉に、クウジュの耳が僅かに動く。
「あと……他にも気になるわ。ベヒモスから聞いた話なのだけれど、イリュアスに惚れている男の子がいるのよ」
彼女は小さく微笑み、その報告を思い出す。
「エルデルグという傭兵兼ルポライターよ。その子かユエフィがイリュアスの心をふるわせれば……」
「物凄いことを言っていませんか、リナス? つまりは失恋の傷にはあたらな恋ですか?」
思わず上ずりながらつっこみ(?)を入れるクウジュ。彼は僅かに表情を強張らせ、身を震わせる。
「それは少々……魂の力を消費させ、混乱を招くのではないでしょうか?」
「危険な賭けかもしれない。けれど、イリュアスが新たな恋へ目覚めれば…」
リナスはそういい、静かに眼を閉ざした。
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by jin-109-mineyuki | 2008-07-24 22:42 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)