ある野良魔導士の書斎

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第五話:竜を巡る乱気流(3)

 湯から上がったユエフィは衣服を着るとベヒモスに連れられてもとの部屋に戻った。そして、何気なく本を手にする。
(……本当のところ、妹さえ見つけ出せればそれでいい。あの男の企みに手を貸すのは、イリュアスを手にすることだけだ)
ため息混じりに本を開く。と、それには竜の話が記されていた。彼は知らないがイリュアスやエルデルグが読んだものと同じものである。彼はベッドに腰掛けると、早速読み始めた。
「イリュアスは、竜の……」
「後継者。つまりは、世継ぎだよ」
ベヒモスが答える。若干狭く感じる部屋だが、その原因の一つはこの若干逞しい長身の男が一緒だから、もあるかもしれない。そんな事を思いつつ彼は本に目を戻す。
「と、なると婚約者も必要になるわけか」
「そのあたりはイリュアスが決めることさ」
そう言いながらベヒモスが冷たいお茶を注いでくれた。涼しくて、すぅっとしたミントの香りが鼻を掠める。この地域でよく飲まれる、緑茶にミントの葉を混ぜたものだとユエフィは知っていた。
「ふぅん。俺はあまり知らないけれど、そういうのって信仰も関わるのか?」
「わからんな。俺はリナスの騎士になるまで何も信仰していなかったからなぁ……」
ベヒモスは何気ない問いに首をかしげる。ガラスのポットをテーブルに置いて席に着き、それとなくガレットを進める。白磁の皿に盛られたガレットはこんがりと香ばしそうで、本当においしそうだった。しかし、ユエフィは手をつけず、不意に呟く。
「なぁ、ベヒモス。今、ここで……俺がイリュアスに惚れたって言ったら、どう思う?」
「疑わしいと思う」
イリュアスを何者かの指示で誘拐しようとしたし、と呟き、お茶を飲むベヒモス。
「確かに、イリュアスは別嬪に育ったよ。傭兵を始めた頃から知っているけれど、気立てもいいし手料理も美味いし」
そう言っている彼の脳裏には、手足がやや細くて一見少年のように見えた16歳のイリュアスが映っていた。最初のうちは傭兵としてやっていけるのか、多少心配だったが彼女は立派に成長していた。今では『竜紋持ちのイリュアス』という通り名さえ聞こえてくる。
「本当にお前がイリュアスに惚れていたとしても、俺は反対だな。第一に、彼女に惚れているやつを1人、応援しているんでね」
「ああ、そうかい」
ユエフィはその言葉に笑った。相手が誰であろうと、不足はない。ユエフィは外見にこそ自身はちょっと無いものの、声には自身があった。事実、外見・声共に整っており、町の娘達は放っておかないだろうが。ベヒモスも彼を『美形の部類に入る青年』と認識しており、内心イリュアスがこいつに靡いたらどうなるんだろ?とかも考えたりしている。
「竜の婚約者になるには『契り』が必要か。ふむ、『契り』ねぇ……」
ユエフィは小さく呟き、ガレットを口にしながら本を読み進めた。そして、ある一文に目を留めた。ちらり、とベヒモスが見ていないことを確認し、神経を研ぎ澄ます。
(もし、これが奴に知れたら……拙いことになるぜ、おっさん)

 一方、その頃。パトスは街道をヒス・レシェレではなく、アジェ・デデへ向かっていた。穏健派の神グランジェレの教会へ赴き、海竜王の警護を手伝ってもらおう、と考えているのだ。
(イリュアスを手に入れて、ホロゥシアのペットにするのか?それとも……。どっちにしろ、そんなことはさせない)
街道を途中で東へそれ、岬へと向かう。武神でもあるグランジェレは普段、静かなそこで人々を見守っているのである。暫く進んでいると、一人のエルフが彼の前に現れた。狩人の格好をしているが、右手の甲には真っ青な神珠が輝いている。どうやら、グランジェレ神官の一人らしい。
「…! これはドクターではありませんか」
「久しいな、オルベイン。実はグランジェレ様にお目道理願いたいんだが……」
パトスの問いに、オルベインと呼ばれた青年は何か不穏なものを察知したのだろう。すぐに頷いて指を鳴らす。と、そこには一頭の馬が現れた。黒々とした鬣に感嘆の息を漏らすも、青年は乗るように、と促す。
「現在、我が主は岩場の鍛錬所にて神官たちの武術指導に当たっています。そちらへ案内しましょう」
そういうことか、とパトスは頷き、馬に乗る。
「ありがとう。…そいじゃ、大至急頼む!」
「了解しました、ドクター。しっかり摑まっていて下さいね。ミネルヴァ、誰よりも早く駆け、我らが主の下へ!」
青年はそういい、手綱を鳴らす。パトスは青年の背後で瞳を閉ざし、小さくため息をついた。
(頼むぞ、オルベイン、ミネルヴァ。早く伝えないと……)
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by jin-109-mineyuki | 2008-07-17 20:53 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)