ある野良魔導士の書斎

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第五話:竜を巡る乱気流(2)


 竜の後継者。竜の力を受け継ぎ、世界を守る存在となる世継ぎ。そして、いずれ竜となり世界を護る存在。その力は強大で、並の人間では制御云々以前の問題だという。たとえ上手く適合したとしても、何らかの拍子に暴走する可能性を秘めている。そして、竜は普通の人間よりもはるかに寿命が長い。故に、永遠に連れそう婚約者(後に配偶者となる)を慎重に選び、共に長い任期を過ごす。

 竜の婚約者。竜の後継者(後に竜となる)存在を魂から愛し、心身を護りあう存在。愛する者の為時に力となり、時には制御し、時に癒す。また、長い年月を共にするため、『本当にその人物を愛している存在』でなければなることが出来ない。竜の配偶者はあらゆる痛み、苦しみを共有し、竜と共に世界を護る。強大な力の制御は勿論だが、本当に大切なのは相手を慈しむ『想い』である。

 竜の後継者と竜の婚約者は深い絆で結ばれ、互いに愛し合い、永久の契りを交わす。竜となるその日までに……。

「……」
ハィロゥから貰った本を手に、エルデルグは首を傾げた。食堂の客は彼と今しがた席を立った連れのハィロゥだけであるらしく、他に人影は見当たらない。カウンターでは人魚族らしい男性が鰭耳をぴくぴくさせながら鼻歌交じりにグラスを磨いている。
「…微妙に恥ずかしくなるのは俺が若いからだろうか?」
そう呟きつつ、竜の後継者と婚約者の項目をもう一度読む。確かに竜は世界を護るために存在し、その任期は500年だと言われている。その最後の100年までに後継者と婚約者を見つけ出し、交代しなくてはならない。そして、契約者と婚約者はその間に『完全』に『契り』を交わしておく必要がある。故に互いに魂から愛し合う存在でなければ……と、考えていると、なんか頭が痛くなってきた。
(なんか言葉遊びっぽいなぁ)
気晴らしにトニックウォーターを流し込み、窓に眼を向ける。なんだか若干曇りだしたような気がした。

 しばらくしてハィロゥが戻ってきた。彼は眉間にしわを寄せながら本を読むエルデルグを軽く小突くと楽しげに笑った。
「何するんですか」
「いや、ちったぁ覚悟がわかったかな、と」
ハィロゥは相変わらず笑っているようだったが、どことなく眼が真剣だった。それに姿勢を正しつつ彼はウタカタ族の男を見た。
「一応は。とにかくイリュアスもそんな人を見つけなきゃいけないんですね」
「そういう事。で……ここから君がかかわってくる」
ハィロゥは椅子に腰掛けると手元にあったトニックウォーターに口をつけてじっ、とエルデルグを見る。その何処か品定めをするような眼に青年は多少たじろぐが、ハィロゥの顔つきは真剣そのものだった。また飲み物を口にすると、彼はふっ、と笑った。
「お前、イリュアスが好きなんだろ?素直に吐け」
その言葉に、エルデルグは少しだけたじろいだ。はっきりとそう言われると頬がむずがゆくなる。顔が真っ赤になり、溜息交じりに少し俯いた。
「図星か」
「あ、ああ。俺は確かにイリュアスが好きだよ」
エルデルグの言葉に、ハィロゥは小さく微笑む。
「やっぱりな。どう考えてもお前の行動は仲間ではなく愛しい人を探そうとしているそれに見えたから」
そう言いながら彼は一度言葉を切り、何か思い出すように瞳を閉ざす。そして瞳を開くと同時に言葉を紡いだ。
「お前が本当にイリュアスを愛しているならば、お前が竜の婚約者に立候補しないか?」
「えっ!?」
その言葉にエルデルグの眼が丸くなる。
「じゃ、じゃあ…俺にこの本を読ませたのは…!」
「そういうこと」
事も無げに話すハィロゥに、エルデルグの顔が更に赤くなる。同時に彼が、海竜王と何か深い繋がりがある、と確信する。
(ちょ、ちょっと待てよ!た、確かに俺はイリュアスが好きだ。いや、愛してるさ。けれど……)
たじたじになりながらも鼓動が高鳴る。しかし、脳裏には不安の影がちらついていた。
(イリュアスは俺の事を、多分、気のいい悪友としか見ていないだろうしなぁ)
今までの事を色々と思い出すと、唇が乾くような感覚がした。無意識に唇を嘗め、噛み締める。彼女の様子を思い出すと、その想いは届いていない。思い出すと、なんだか胸の奥が僅かに軋んだ。
「確かに、俺はイリュアスの事は好きだ。でも……俺の事なんて、友達としか思っていないんだ」
「ったく、最近の若者は軟弱やな」
煮え切らない様子に、ハィロゥは吐き捨てる。そして音も無く動き、エルデルグが反応するよりも早く胸倉をつかみ、柱へと押し付ける。
「な、何を?!」
「てめぇ、イリュアスに思いを伝えたのか?何かアプロートしてんのかよ?ちったぁ、気合入れてアタックしろぃっ!」
声を押し殺し、耳元で囁く。その酷く真剣な言葉に、エルデルグの表情が曇る。それをハィロゥは無視し、言葉をつなぐ。
「言葉は古いかもしらん。けどなぁ、……けどなぁっ!思いを伝えずに後悔するよりも、ずっとマシだと思うぜ?それに……」
そこまで言って、彼は言葉を止めた。そして耳を澄まし、神経を研ぎ澄ます。これから言おうとしていた言葉は、場合によっては危機を呼ぶかもしれなかったからだ。
「どうした?」
「いや、なんでもない。兎に角だ……イリュアスが好きなら口説け。己の魅力で引き付けてみろっ!」
エルデルグの問いを跳ね返すように、ハィロゥは言うと身を離し、青年の様子を見た。
(さぁ、どうするんだい? ここで引くようじゃ竜の婚約者には相応しくないぜ?)
どこか穏かなはずなのに、そうでないような、空間になってしまった。そう思いながら店主はウタカタ族の男とヒト族の青年のやり取りを見ていた。机には、あまり手がつけられていないヌードルが……。
(ヌードル、冷めないうちに喰って欲しいなぁ)
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by jin-109-mineyuki | 2008-07-10 13:24 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)