ある野良魔導士の書斎

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咲乱ですよ、こいつ(咲乱、実はさみしがりや)


それは、ある満月の夜だった。
白い光が、窓から静かに零れ落ちていく。
ただなすがままにそれを浴びながら…一人の少年はベッドに横たわっていた。

シルバーレイン プライベートテイル
『Fly Me to the Moon -In Other Words-』

 平均的な子供部屋よりは1.5倍ほど広い部屋。質素なベッドに学習机。頑丈そうな本棚には科学雑誌や学校の教科書に混じって漫画も並んでいる。そして、一際目立つのは……どこか何かのゲームに出てきたような形の鉱石ラジオだった。そこから流れているのは、不思議な雰囲気がするジャズだ。少年は流れてくる曲に目を細め、一緒に歌っていた。が、しばらくして、小さく笑う。
「…『私を月につれてって』…か」
そう、有名なジャズのスタンダードナンバーだ。原題は『イン・アザー・ワード(言い換えると)』だったとされている。少年はそれを好んで聞いていた。体中を弛緩させて、ただ月光の中に浮かんでいる気分でベッドに横たわって。絶え間なく流れ続けるジャズの音色に、彼は夢見心地だった。そして、いつの間にか…またこの曲を口ずさんでいた。少年のつやつやとした漆黒の髪が、白いシーツをすべり、透き通るような白い肌はシーツに溶け込みそうだった。満月の夜空を思わせる紺色の瞳はぼんやりと宙を見つめ、歌の紡がれるそこを見つめていた。
(ずっと、この歌を歌っていた。寂しくなると、一人でこれを口にしていた…)
ふと、思う。今までの自分を。そして、これからの自分を。
(このまま、寂しい夜にこの歌を歌い続けるのかな)
自分を慰めるために、自分の魂を掻き毟るために。

少年の名は『水繰 咲乱(みまくり さくらん)』という。
大分の山奥にある民宿の、一人息子だ。が、それは表でのことで、本当は古くから西洋や東洋の魔術を受け継いでいた『魔導士』の末裔なのである。今も水繰家はその魔術を伝えており、いくつかある分家とともにその技術を護ってきていた。この家は基本的に女系であり『魔術に適した体と魂を持つ』女性が当主となっていた。また、水繰家は『由緒正しき家柄』の一つとも言えた。また、水繰家の人間は、基本的に背が高い。その上、瞳の色が何故か紺色だったり、緑だったりする。鎖国になる前にはポルトガル人が婿入りしている記述もあるが、それがかかわっているのかもしれない。

その影響からか、咲乱は14歳にして身長が190センチほど。
その上瞳は満月の夜の空を思わせる深い紺色であった。
これが原因で、クラスでは浮いていた。

「………」
ふと、思い出す。クラスでのやり取り。挨拶とかはするが休み時間につるむ相手はいない。誰も、彼に寄り付こうとしないのだ。皆、どこかぎこちない。いや、どこか不審がっているようにも思える。嫌ってはいない。けれど、どこか怖がっている…ような。
(俺は……)
何度も、友達を作ろうと試みた。親しみやすくするためにいつもにこにこしていた。けれど、誰も咲乱と親しくならなかった。皆、咲乱の姿を…特に目を…怖がっていた。
「……っ」
いつの間にか、一人でいた。一人でも平気になっていた。寂しくても笑って、絶対に口になんか出さなくて。それで、よかった。そう、思っていたかった。
(だけど……ホントは……)
シーツを握り締める。瞳を閉ざす。喉が渇くが、それ以上に何かが疼く。胸の奥から、冷たくて鋭い何かが突き出そうだった。
「Fly me to the moon
And let me play among the stars」
いつの間にか、歌っていた。小学生の頃からずっと、ずっと聞いていた曲。だから、英語が苦手でも歌詞は自然と覚えていた。これだけは発音に自信がある。自然と唇から毀れる、どこかふわふわとした歌声。
「Let me see what spring is like
On Jupiter and Mars.」
どういう意味なのか、実を言うとおぼろげにしか解らない。が、寂しくなると口ずさんでいた。特に満月の夜、1人でいると歌っている。
「In other words, hold my hand
In other words, darling kiss me…」
そう歌いながら、ただただ宙を見る。胸が潰れるような感触がした。音がしない。ただそんな感触が迸る。口から呻くような声が漏れ、それでも歌い続ける。
(寂しい……)
不意に思う。身体が軋む。空気が冷たい。何もかもが、ぼんやりとなる。
(俺は……)
目が見開かれる。焦点が一瞬だけハッキリして、空気の塊を吐き出した。息苦しい。涙が毀れていく。訳も無く、ただ吼えたくなる。
「In other words, hold my hand……」
壊れたラジオのように歌い続ける『Fly Me to the Moon』
けれど、それは決して恋の歌じゃない。
「In other words………」
何度、クラスメイトに言いたかっただろうか。
何度、押し込めてきただろうか。
「……want the friend……」
搾り出すように、その言葉が出てきた。ずっと天井を見つめる。涙で滲んだ、ディープブルーの世界に入り混じる白い光。それを振り切って、押しつぶされ続ける胸を押さえながら身を丸くする。声を漏らさないように唇を噛み締めて、蹲って。止まらない涙をそのままに。
―鉱石ラジオは、ずっと音楽を零し続けていた。

暫くして、咲乱はそのまま眠ってしまった。いつもの悪い癖だ。その事を知っていた使用人はそっと部屋に入るとカーテンを閉め、ラジオのスイッチを切る。そして起さぬように毛布をかけた。手馴れているので起すことはない。
「若様……、ずっと気になされているのですね…眼の事」
そういいながら、彼は懐から一つの書類を取り出す。そして眠る少年の枕元に置き、静かにその場を立ち去った。その書類には『銀誓館学園 入学案内』と書かれていた。
咲乱はまだ知らない。これが、彼の運命を大きく変えることになろうとは。
(終)

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あとがき
お題消費よりも先に咲乱のプライベートテイルが完成(汗)。フーレイです。
掲載はディートの方が先にしたけれどね。
ええと…もうちっと詳しい咲乱の設定はぼちぼちやってきます。
だから気長に待ってください。
奴も苦労している?んです。……多分。
(歌詞引用)『Fly Me To The Moon』(バード・ハワード)
日本語の歌詞はこちら。…実は女性が愛しい人へ歌うものなんだな、これが(笑)。ともかく、今回は微妙に艶っぽい雰囲気でお届けしました。
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by jin-109-mineyuki | 2008-02-15 01:41 | 無限銀雨図書館 | Comments(0)