ある野良魔導士の書斎

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自信は無いが(おっさん、思い出す)


『朔爛漫』【7】

 新月の闇の中、静かにエルフの男は笑う。彼の傍らでは、人間の女が幸せそうな顔で彼を見つめていた。
「俺と一緒に…あいつに一泡吹かそうぜ…キィフェ」
射抜かれた魂のまま、彼女は一つ頷いた。

 次の日から、二人は領主の目を盗んで仲間を集めた。町の人間たちも、森のエルフたちも領主の横暴には怒っていたのだ。これさえなければいい領主なのに、という声も彼方此方で聞こえていた。
 キィフェは表向き領主の言いつけどおりに振舞った。父親の会わせた見合い相手はそこそこ整った顔をしていたが、やはりバルディッシュには勝てなかった。それでも、彼女は表向き大人しいお嬢さんを演じ、時々人目を忍んで話し合いに参加した。
 バルディッシュは仲間たちと共に打ち合わせを繰り返した。満月の夜に花嫁を掻っ攫い、森の奥まで馬で走る。追っ手が来たら、作戦を決行する。その内容を深く煮詰めていた。

そして…満月の夜。バルディッシュはキィフェを浚ったのだ。

 黒い馬を追う領主たち。バルディッシュたちが消えた森へ入ろうとしたとたん、迷いの魔術がかけられる。そして、松明を持った多くの領民たちが領主たちを取り囲む。
「どけ!お前たち!!娘が浚われたのだぞ!!」
「それはできません、領主さま」
1人の老人が鋭い目で領主を睨みつけ、声を張り上げた。多くの領民たちがそこに集まっており、色んな種族がいた。人間とエルフは勿論のこと、ドワーフや髪に葉緑素を持つドリアッド、泉に暮らす人魚族まで姿を現していた。
「昔から、この領地はさまざまな種族を平等に見ていた。それなのに貴方の代になってからエルフやハーフエルフなどを差別し、自由を奪っている!」
一人の若いエルフが声を上げる。と、別の人間の少女が言葉をつないだ。
「我々は昔から…そう、ここが領地となる前から人間とエルフの協力によって栄えてきた。それが、この地に生きる者達の姿なのだ。それを否定する領主など、我々は要らない」
「他の領地に比べて税金などが軽く、飢饉のときは屋敷の食物庫を開いてくれる。それはありがたい事だが種族での差別は撤廃していただきたい!」
「それさえなければ、貴方は素晴らしい領主なのだ。それを嘆き、キィフェ様はこの土地を出て行かれたのだ!」
そういったのはハーフエルフらしき双子の青年だった。二人はきっ、と領主の目を見つめて声を上げた。次にドリアッドの老女が前に進み出る。
「我々が望むのは、仲良く穏やかに暮らすこと。それ以上は求めぬ。ただともに暮らす事を認めてくれればいいのじゃ」
「そして、あんたの娘が愛する人と一緒に生きることを…な」
人魚族の男が真剣な顔でそういい、領民たちは領主たちの様子を見た。彼らの言うとおり、エルフなどに対する態度を除けばここの領主はいい領主だった。わがままで若い娘を連れ去ったり、年貢をむりやり取ったりはしない。厳しいときは待ってくれたり、量を減らしたりしてくれる。むしろ、政治的には優しい領主であった。彼らはその事を知っているし、キィフェがそれを一番知っていた。領民を宝に思う領主であることはバルディッシュも感じていた。だからこそ、彼はこれを気に事を起す事を思いついたのである。
「……くっ……」
領主はうなった。いま、ここにいる領民たちの言葉はどれも本物だった。確かに、己の父親はエルフにも、多種族にも優しい領主だった。それ故に森は豊かで毎年美味しい木の実や上質の炭になる枝も取れていた。一揆に当たる行動ではあるが、そうとも言い切れないのは彼らが一揆である、という態度ではなく説得という形であり、誰一人武器を持っていないからであった。手にしているのは、松明やカンテラだけである。
(これは…キィフェとあの男が考えたのだろうな)
それを悔しく思いつつも、領主はその場を動くことが出来なかった。ただただ、この領民たちをどうしようか…本当に困ってしまった。

 月の光も届かぬ、森の奥。カンテラと焚き火の揺らめきを感じながらバルディッシュは小さく溜息をつく。腕の中では愛する人が穏やかな寝息を立てている。その愛らしい姿を見つめながら周りへと耳を傾ける。木々のざわめく音に混じり、僅かにだが人々の歓声が聞こえてくる。それで作戦成功を知り、小さく口元が綻んだ。
「これで、お前の望みも…俺の望みも叶いそうだよ」
ぎゅっ、とキィフェを抱きしめて呟く。そして、穏やかにエルフと人間が過ごす領地の事を思い描きながら彼もまた眠りについた。

 後から聞いたのだが、あれから領主はまもなく引退しキィフェの親戚に引き継がれたという。そして、議会が出来上がり種族に関係なく領民の中から選出され、領主とともに盛り上げる事を決意したそうだ。

 バルディッシュは妻となったキィフェとともに碧落の森で暮らし、後に男の子を一人授かった。二人はその子にラシュと名づけ、大切に育てた。彼自身は聖騎士団の一員として森を護り、一人の男として家族を護り、その幸せをずっと大切にしたかった。

…しかし、それは遠い昔の夢になっていた。

バルディッシュは100年も昔の事を思い出し、小さく苦笑していた。碧落の森とリューンの間にある道の途中、ふと空を仰ぐ。今日は新月で光はカンテラだけである。
「……親父?」
不意に声がした。在りし日の己に似た息子が紅茶のカップを手渡しつつ見つめていた。
「ラシュ、すまないな」
「母さんの事でも思い出してたのか?」
ラシュはローブを正しつつも問いかける。バルディッシュの表情からそう思ったのだろう。そして、少しだけ表情を曇らせる。幼い頃に失った母親の事を思うと、胸が痛い。父親がそれを悔いている事を知っているし、父親を責めてしまった自分も恥ずかしいからだ。
「まぁな。でもお前が気にすることじゃない」
そういいながら息子の頭を撫でる。一見、バルディッシュは壮年、ラシュは青年とも言える年齢に見えるのだが、バルディッシュは200年生きるエルフ、ラシュもまた70年生きているハーフエルフである。ラシュは照れまじりに手をどけると、傍らに置いていたカップに手を伸ばし、中身を口にした。何故だろう、胸が酷く痛い。
「どんなに思っても、帰ってこないけどな」
ラシュはそういいながら立ち上がり、ばつが悪そうに背を向ける。何も言わず天を仰ぐバルディッシュを残し、彼は少しだけそこから離れる。未だに父を許せずにいる幼い自分。それが、恥ずかしく、思わず出た言葉に顔をしかめる。バルディッシュはそれを横目で見つつも、小さく苦笑した。

(終)

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あとがき
とりあえず、終了。最後がなんかやや苦いんですけれどまぁ…若干は親子の確執が見えないと(汗)。キィフェは病死です。バルディッシュが聖騎士団から抜ける理由がちょっちありますけれど。母親の病が治るように祈ったのですが助からなかったんで、ラシュは『厚き信仰』ではありません。そう、真逆のクーポンもちです。

いろいろありますけれど、他を除けば時々どつきあうこともある普通の父と子ですよ。
次回はとりあえず過去に書いたシナリオのリプレイの予定。
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by jin-109-mineyuki | 2008-01-29 17:19 | 札世界図書館 | Comments(0)