ある野良魔導士の書斎

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有閑貴族の憂鬱(オニキス、溜息の日々)


『退屈への処方箋 -オニキスの決断-』(著:天空 仁)

-混沌としているからこそ、この世界は…。

 平穏な空気に見舞われた、リューン郊外。その一角に公爵家の領地があった。緑の屋根が特徴的で、小洒落た屋敷はどこかハイソな雰囲気がただよい、不思議と人々を魅了する。
領民たちは、そこを『翠星の館』と呼んだ。

 その一角に、テラスがある。安楽椅子に腰掛け、1人の男が優雅に珈琲を飲んでいる。そばにはオルゴールがあり、優しい音色を奏でていた。春の日差しは優しく、少しウトウトしつつも男は詩集を読んでいた。命の喜びをつづった詩に口元をほころばせ、迷い込んできた蝶をやさしい目で見守り、珈琲を口にする。何処にでもいる、普通の男のようだった。
背中から生える純白の翼を除けば。
そう、彼は天使なのである。
彼は少し微笑みながら蝶を目で追うと、小さな溜息を吐いた。
「いいものですね、貴方は」
そういうと珈琲を飲み干し、席を立つ。軽く体を伸ばし、翼を広げると少しだけふわふわとした羽根が抜け、宙を舞う。陽光を受けて輝くそれに目もくれず、彼はすぅ、と空へと舞い上がった。

 オニキス・ル・スターシアは元々天界で生まれた天使ではない。スターシア家は初代など何人もの人間が天使と結婚し、遺伝的に時折純潔の天使が生まれることがある家系であった。彼もまた偶然的にそうして生まれた天使だった。

 当主の座を弟に譲ったオニキスの仕事は主に領民の悩みを直に聞き、弟に伝える事である。彼は領地をその翼で周り、今日も彼方此方見回っていた。
(それにしても)
領地を上空から見ながら彼は思う。多くの人々は現状に満足し、領土を侵すような輩も前から少ない。最近、退屈で仕方がなかった。そんな日々が、彼の心を乾かし、皹を入れている。ありありとそれを感じるのか、最近頗る機嫌が悪い。詩集や音楽、絵画は心を震わせ、潤わせるもののそれも刹那の出来事。
(なんとこの世界は退屈なんでしょう)
彼は悔しそうに唇を噛むとまた、溜息をつく。ここ一週間で一体何度溜息を吐いたのだろう。
(退屈で溜まらない。どうにかこの退屈をどうにかしなくては)
―私の翼は折れ、私自身も死んでしまう!
そんな思いが、いつの間にか心に巣食っていた。

 いつものように領地を飛んでいる途中。彼はカフェに立ち寄った。小さいが趣のあり、多くの人が立ち寄っていく。町の住人だけでなくたびの途中の人々も。だからオニキスもここがお気に入りだった。退屈に思うとここに行き、異国の話を聞く。そうすると幾分かは気が紛れるのだ。
(しかし…それもうまく行きませんね)
オニキスは珈琲を飲みながら苦笑した。どうも、この所【退屈の病】はなかなか治まらない。どんなに物語や英雄譚を聞いても落ち着かないのだ。
(やはり、誰かに相談したほうがいいのかもしれない)
悩みに悩んだ挙句、顔を上げた。時折話す冒険者の姿を、自然と探していた。彼の話は本当に面白い。時折『いつかは俺たちがリューンを支配するんだッ!』とか変な事を言い出すが……。
「ああ、居た!久しぶりですね…カモミール」
名を呼ぶと、その冒険者はにこっ、と笑った。水色の髪をポニーテイルにし、東方風の衣服を纏った青年、カモミール。彼は空の青を思わせる瞳を細めオニキスに歩み寄った。オニキスも嬉しくなり、顔を綻ばせる…が、彼の腰にある刀を見て眉を顰めた。
「ん?どうしたんだ?」
「その刀…どうした?奇妙な力を覚えるが…」
「ああ、これは妖刀の類なんだ。だからだろ?」
カモミールはふふ、と小さく笑うと店員にサンドイッチを頼む。オニキスが不思議そうな顔をしているのを見つつも青年はそんな強力なものじゃないから、と言いながら腰に帯びた刀をぽん、と叩いた。
「そうですか。ならいいのですが。ああ、そうそう…私は貴方に相談したいことがあったのですよ」
オニキスは多少安堵しつつもいつものようにからから笑うカモミールに、そっと問いかける。それに珍しい、と眼を丸くするものの青年は真面目に耳を傾ける。
「最近、どうも退屈に思えて。世界の何もかもが色あせているように思えたのです」
「だったら、旅に出ればいいじゃん」
あっけなく、カモミールは言う。丸くなるオニキスの目。冒険者の青年は言葉を続ける。
「旅はいいぜ?楽しいことばかりじゃないけれど……少なくとも退屈はしねぇな」
「退屈は……しない……?」
天使は青年の言葉を繰り返し、その刹那…心臓が急に高鳴るのを覚えた。
「冒険者……」
不意に、世界の音が消える。そして、もう一度口にする。
―冒険者に
途端に、光が脳裏を過ぎる。何故だろう、すっ、と苛立ちが収まっていく。けれどここからまた始まる気がした。不思議と体が軽い。翼が疼き、わなわな震える。
「……オニキスの旦那?どうしたん?」
カモミールが軽く肩を揺さぶる。それで我に返ったオニキスは彼の両肩に手を置き、まじまじと目を合わせた。
「カモミール……冒険者の基本を教えてくれませんか?私も旅に出ます。そして……」

(終)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あとがき
…もしかして消化不良第二段?なフーレイです。
天界ではなく地上で生まれた天使のオニキスの「冒険者になったきっかけ」でした。そして、このタイトル…ある歌を思い出すような気がする。とにかく、オニキスは退屈から逃れるために冒険者となりました。……動機不順だなぁ(汗)。そこらへんはまぁ、『六珠』結成秘話あたりでちょっくら語ろうと思います。そして…次はサードニクス。 若干暗いっす。
そういえば、何気なく『オーベルテューレ』のカモミールが出てる(笑)。
奴らの活躍はのちのでも『札世界図書館』で!

あー、あと…時折アレトゥーザなシナリオだと掘り下げリプレイになるかも~。
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by jin-109-mineyuki | 2008-01-12 21:53 | 冒険者の宿【水繰の剣亭】 | Comments(0)