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ある野良魔導士の書斎

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第四話:惹かれ合う力、交じり合う思惑(9)


 あの一件後、エルデルグとハィロゥは岩場を離れていた。潮が満ちてくる前に避難という訳である。
「ハィロゥ、何か隠していないか?」
エルデルグはなんとなくそんな気になり、傍らに座り込むウタカタ族の男に問う。が、彼はただ首を横に振るだけだった。
(こんな事、約一時間は続けてるよな)
エルデルグは退屈そうに空を見上げた。そろそろ昼食の時間だ。どこかで正午の鐘が鳴る。さほど遠くない場所に教会か何かがあるのだろうな、と思いつつ飛び交う海鳥を見つめた。
「あーっ、早くイリュアスを見つけないとなぁ!酷い目に遭ってなきゃいいんだけどなぁ」
ため息混じりに呟く。が、ハィロゥはそれを聞き逃さなかった。妙に混じる感情を察知し、にやける。
「ほぅ。そのイリュアスというのは恋人か」
「違う。同じ傭兵仲間なんだ。ちょっと行方不明」
「いや、違うな。その言霊には確かに、色欲の篭った感情が混じっている」
色欲と言われ、思わすエルデルグは眉を顰める。
「ちょ、ちょっと色欲って…!?」
「んー、まだそんな事を望める関係ではないか。恋仲ではなくて片思いという病なのだな、若者」
ハィロゥは懐から煙管を取り出し、くるくると指で弄びつつエルデルグを見る。若い傭兵の頬は赤く染まり、慌てている。
「もしや、高ぶりすぎた熱をその想い人で…」
「なんちゅー事ほざいてんですか、あんたはっ!」
どごっ、と鈍い音がした。ハィロゥの腹に光り輝くエルデルグの拳がもぐりこみ、思いっきり吹き飛ばしていた。この間、5秒。砂煙を上げ、浜辺に沈んだハィロゥはけほけほと咽つつ立ち上がり、砂を払う。
「いやいや、否定しなくて結構。同じ男として同情するよ」
「そんな事は、していません」
煙管を探しつつ答えるハィロゥにエルデルグはジト目を向ける。彼は紅潮したままの若者に苦笑しつつ、落ちていた煙管を拾い上げた。
「若人よ。先人も言っているだろう。どんなに忍んでいても、恋は色に出る、と」
其処までいい、もう一度エルデルグを見る。今も少し頬が赤い。
「ですから、イリュアスはただの傭兵仲間ですよ」
「なら、何故そこまで心配し、探すのか?傭兵なら自力でどうにかするだろう?」
しかし、エルデルグは肩を竦める。ハィロゥが敵ならば、イリュアスを狙うかもしれない。しかし、先ほどの戦いではどうやら味方っぽい雰囲気さえある。少し考え、彼は意を結して口にした。
「イリュアスは、ある神の信者に誘拐されてしまったんです。その相手を追っていたら…貴方に出会ったってわけで」
「何故」
風が吹く、二人以外誰もいない浜辺。ただただ波が遠くで打ち寄せ、エルデルグは言う。
「…海竜王の後継者として、選ばれたがため、です」
その言葉に、ハィロゥは表情を研ぎ澄まし、真面目な笑みを浮かべた。

 一方、その頃。ハーフエルフの医者、パトスもまた気配を追って海へ向かっていた。自分の勘が正しければ、嫌な相手が敵に回っている。だったら、自分が、奴を倒してイリュアスを守りたい。そう思った。
(エリゼル、俺たちを見守っていてくれ…。頼む)
胸の中で、亡き妻に呼びかける。彼女が微笑んでいてくれていたから、彼との戦いにも生き残れ、妻と結婚する事ができたのだから。ふと、ヒス・レシェレの方向を見てみる。と、僅かばかり頬が引きつった。妙に空気が痺れている。『邪神』ホロゥシアの力に、『竜』の気が怒っているような気がした。
(穏健派の海神たちが、手伝ってくれると助かるんだがなぁ)
海竜王の宮と程近い所にその一柱グランジェレの本拠地がある。彼ならばきっと協力してくれるだろう。恐らく『海竜王』の事も感づいているはずだ。だからまずは其処を目指す。
「急がないと」
パトスは、僅かに足を速めた。

 エルデルグとハィロゥはとりあえずヒス・レシェレに戻った。そして手ごろな食堂に入ると昼食としてヌードルを注文する。魚で出汁をとったヌードルはさっぱりとしていて人気である。
「…そーいう事、ね」
今までの経緯を聞き、ハィロゥは小さくため息を吐いた。そして少しだけ表情を曇らせる。
「厄介な事になりそうだな。まぁ、魔力のほうは適合しているなら…竜化も時間の問題だろ、その…イリュアスちゃんは」
ハィロゥはそう言うと先に来たおにぎりを食べながらエルデルグを見る。彼は心配そうに口を開いた。
「なんだか魔力が不安定だったみたいだし…、熱もあった。だから余計に心配で。普段風邪なんて引かないし」
「その顔が、やっぱ普通の仲間を心配するような顔じゃないんだって。まぁ、いいとして。…不安定なうちに手に入れて神に捧げようとしてんだろ。相変わらず嫌な連中だな、うん」
すっかり乱暴な口調となったハィロゥはお茶を飲みつつエルデルグに相槌を打つ。が、青年は疑わしそうににらみつける。
「ところで。ハィロゥさんは何なんですか?」
「まぁ、慌てるな、若人。…ベヒモスと同じと思ってくれればいい」
ベヒモスを知っているらしい。同じという事は竜の近衛騎士という事になる。なるほど、それならば妙に詳しかったりしてもおかしくは無い。少しだけ、胸を撫で下ろしていると、ヌードルが来た。それを確認しつつ、ハィロゥはにっ、と笑った。
「覚えておけ。竜には『婚約者』…そして『配偶者』が必要になる。長い年月を添い遂げる大切なパートナーがな」
妙に力が入った言葉に、エルデルグは思わず背筋を正す。
「そりゃ、そうですよね。支えがないと辛いでしょうし…竜の役目って」
「その通り。竜の力は凄いからね。制御できる存在が居ないと」
彼はそういいながら、真面目に、まじまじとエルデルグの眼を見た。それは何かを確かめるような、それでいて訴えるような。
「竜の婚約者の役目。そして、力をお前は知らないだろうな。竜を、竜となる存在を魂から愛し、共に生きる覚悟が無きゃなれんぞ」
by jin-109-mineyuki | 2007-08-16 12:45 | 小説:竜の娘(仮)