ある野良魔導士の書斎

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第四話:惹かれ合う力、交じり合う思惑(8)


 一方、軟禁されているユエフィは差し出された紅茶に手をつけず、ただただ天井を見上げた。柔らかな光を浴び、それに眼を細める。
(あの女、実に美しいディテールをしているよな)
脳裏に浮かぶのは、イリュアスの姿。初めて眼にした時はいい女だな、というぐらいにしか思わなかったが……あの宿で盗み見た時、木目の細やかな肌や真面目そうな眼を見ていると、胸が軋んだ。
(スィランもいいディテールだったが……イリュアスも負けず劣らず。胸の辺りが若干寂しいが、腕のラインはイリュアスの方が)
不意に、妹の姿が脳裏に浮かんだ。里を滅ぼされた際、生き別れになった存在で現在探している。報酬の一部は、妹探しを手伝ってもらうことだった。
「まぁ、奴を裏切ってイリュアスを浚って妹探すのもいいな。そして、ゆくゆくは三人で暮らすのも楽しいかもしれないな」
そんな事を考えていると、少し寂しい気持ちになった。そして、消えることのない傷から記憶が滲み出ていた。

 炎が揺れる。斬撃の音があたりに響き、次々に人が土に沈んでいく。白い衣服を纏った者たちが、村人たちを襲っていた。混血の存在を認めない純血主義が。人間などを初めとする純血種と多種族同士での婚姻が原因で生まれた混血種が暮らす小さな村に。ただ、存在を認め合っていた、それだけの理由で。

―混血を混沌と見做し『絶対悪』と定める神・エシュノムの信者達が。

そこの長であった父親は、多くの襲撃者たちの前で有翼人特有の美しい翼を毟られ、圧し折られ、胸を裂かれて死んだ。母親は戦いの中で散って行った。コンビを組めば最強だった筈の片割れは、自分と妹を庇って死んでしまった。村人の殆どが死に、生き残った僅かな者たちは命からがら逃げ、他の友好的な村に助けられる。これが後に『カルナティーノの惨劇』と呼ばれる事件の、ユエフィが見た姿。

 二ヵ月後、村を襲った純血主義者達の殆どが国の騎士団に捕まり、現在ではその殆どが服役している。それでも、村の生き残り達は純血主義者を恐れる。自分達の存在を否定する奴らが、恐ろしかった。

 ユエフィも有翼人と人狼族の混血だ。父親の血が濃かった為一見二対(四枚)の翼を持つ有翼人ではある。が、その気になれば狼の姿を取ることもできる。それ故に純血主義者から見れば『混沌』なので『排除』の対象なのである。
(けれど、ホロォシアは全てを認める。そして…竜たちも)
不意にため息をついた。信仰対象である竜と世界樹は全ての種族を認め、擁護している。それなのに神の一部だけが混血種を認めないのである。それが、馬鹿馬鹿しく思えてならなかった。だから、彼は神、世界樹を、竜を時々怨む。
(奴らは祈っても力を貸してくれなかったからなぁ)
惨劇のことを思い出すと、信仰対象となるすべてが憎らしい。祈っても助けてくれなかった彼らを、更に怨みたくなる。起こってしまった事は変わらないというのに。それを知っているから、余計に自分に対して腹を立ててしまう。
「スィラン…、兄ちゃん、頑張るからな。きっと見つけ出して…」
一人きりの客室、そのしっかりとした寝台で、ふと呟いた。その時、不意に声が聞こえた。それも直接脳を揺るがして。
「…っ、ご主人様…」
「お前はどこに居る」
どこか疲れたような声に、ユエフィは落ち着いた声で答える。主は竜を欲している。竜をホロゥシアに捧げ、魔力を実験に使うつもりだ。そうなると、イリュアスは己の意志を失うことになる。それは、悲しい。
「海竜の宮です。現在海竜王が後継者候補に魔力を与え、試練を課しているが為通信が可能になったかと思われます」
冷静にそう考える。本来ならば過激化であるホロゥシアの力などかき消されてしまう筈だ。
「イリュアスもそこなのか」
「ええ。現在は試練の所為でまともに戦うことができません。どうやら心になにか痞えているようで、順調ではないようです」
脳裏に、苦しむイリュアスの姿があった。不適合ならばたった数日で試練は終わり、竜紋は現れないまま。適合するが故、竜紋は全身に回っている。スムーズに行けば既に『竜の後継者』として認められる筈。それなのに…イリュアスは酷く苦しんでいる。
「伝承によれば、発熱などもすぐに終わるらしいのだがな」
主は訝しげに…されど、どこか楽しげに呟き、こう締めくくった。
「お前はイリュアスたちを見張れ。通信を繋ぎ次第、経過も教えて欲しい。…我は自力で潜入口を開く」
そういい、主は通信を切る。ユエフィはため息をついた。

 一方、リナスは寝台の上で一人考えていた。イリュアスの全身に竜紋は回っている。という事は適合している筈である。時期に全身を覆い、人間から完全なる竜へと姿を変えるだろう。それなのに、魔力が上手く回らず、イリュアスは体調を崩している。本来ならば少しの発熱の後、体力の向上などが見られるのだが。
「やっぱり、あの子は何かを悩んでいるのね」
そういい、彼女は思い出す。お風呂で感じ取ってしまったイリュアスの心。強がってはいるが、本当は癒えていない傷。
「誰にも言わないで押し込めるから、膿んでしまうのよ」
感じ取ってしまった悲しさと戸惑いが、リナスにも痛い。その辛さを知っているから、余計に息苦しく思ってしまう。
「竜の魔力が未練に引っかかっている。どうしてあの子は、素直になれないのかしら」
「それは……傭兵だから、もあるやもしれません」
不意に、声がした。いつのまにかベヒモスが心配そうな顔でティーセットを持ってきていた。
「そう、思う?」
「イリュアスは十六の頃から傭兵として戦っております。だから、自然と『自分はこうであるべき』と決め付けてしまったのかもしれません」
私も傭兵でしたから、とベヒモスは苦笑し…丁寧に紅茶を注ぐ。優しい香りを零すアールグレイに眼を細めつつ、リナスはため息をついた。
「重症のようね。どうすれば、気持ちを落ち着かせられるのかしら」
リナスは祈るように呟き、紅茶のカップを手に取った。
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by jin-109-mineyuki | 2007-07-01 20:14 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)