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ある野良魔導士の書斎

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第四話:惹かれ合う力、交じり合う思惑(7)

 一方、海辺の岩場。エルデルグが見守る中、ハィロゥは黙って首を横に振った。エルフの男は残念そうな表情を浮かべる。
「生憎、宮に行けるのはごく僅かな者だけらしいですよ。ここは大人しく戻られては」
ハィロゥは穏やかにそう言いつつも、厳しい眼をエルフに向けていた。どうしてこんな顔をするのだろう、と不思議に思うエルデルグ。
「お二人も宮を探しているのではないですか?」
男も穏やかに問いかける。エルデルグは思わず頷きかけたが…ここは一応傭兵として黙っておく道を選んだ。そう簡単に目的を口にしたら拙いことになるかもしれない。
「私たちはこの岩場を通り抜けてアジェ・デデに向かう途中なのです。海神であり武神と歌われるグランジェレの神殿に」
私たちは海神十二柱の巡礼をしているのです、と付け加え、エルデルグも彼に習って一礼した。
(巡礼者…の割には軽い格好だな)
男は内心で思った。神を信仰する巡礼者はもう少し重装備だった事を知っている。だから、思い切って問いかける。
「それにしては、荷物が少ないようで」
「私達はこの辺りに暮らしております故、一軒ずつゆっくりと回っているのです。先月五番目のアテラスへ参りましたが、実に美しい教会でしたよ」
ハィロゥは隙無く、されど自然に答えて微笑む。そして、明らかに嘲笑っていた。
「本物の竜信仰者ならば、宮がどこにあるか、判るのですがね」
その言葉に、エルデルグは表情を険しくした。同時にエルフもまた怪訝そうな表情を浮かべる。
「ここは宮ではない。宮ならば、入り口を直ぐに見つけられるだろうに」
それだけ言うと、彼はエルデルグをつれて立ち去った。後のに残されたエルフは身を強張らせる。
「…なっ…」
呻きとも言えそうな声に、ハィロゥが立ち止まる。そして、何処か冷たい顔で、微笑む。
「それに、魔力を見れば判るんだ。貴方が邪神の加護を受けている、と」
エルデルグには、それが判らず、思わずきょとん、としてしまう。しかし…次の瞬間、エルフは
「くっくっくっ…」
とくぐもった笑いを零し、腹を抱える。してやられた、とでもいう顔だ。
「そうか…魔力!魔力だったか!やはり魔力は嘘を吐けぬか…ハッハッハッハッ…」
そういい、彼はローブに隠していた杖を取り出し、ニヤリ笑うとハィロゥに襲い掛かった。
「正体を現したか」
彼はエルフが放った魔術を一振りで払いのけ、懐から鞭を取り出して応戦する。いきなりの展開に着いていけないエルデルグだったが、彼も気功弾が打てるように呼吸を整えた。
「簡単に正体がばれてしまうとはな。まぁ、其れぐらい出来て当たり前なのかもしれんな…貴様は」
エルフはそういい、楽しげに笑った。その何処か艶っぽさはエルデルグの脳裏で反芻される。うっすらと浮かび上がる、黄昏の光。そして、黒髪を揺らして笑う男…。
(あの町で…すれ違った奴だ)
背筋に冷たい汗が流れた。何故だろう、嫌な予感がする。杖が鞭を払い、その音で我に帰った彼は呼吸を整えて気を固め、放つ。ここまでで5秒。気の塊をエルフは杖でかき消し、もう一度魔力を放つ。今度は衝撃波となって当たり一面に広がった。
「くっ…」
体を飛ばされぬよう、ハィロゥとエルデルグは身を庇い、足で踏ん張った。魔力が強風を生み出し、海をも振るわせた。その中でちらり、とエルフを見る。彼の両手の甲にはぼんやりと輝く暗黒色の宝珠が輝いていた。どうやら、ただの神信仰者ではないらしい。
「ほぅ、少しはやるようだな。しかたない、今この時は退散しよう。しかし、我(わたし)は諦めん。新たな『竜』を必ず手にしてみせる!」
エルフは何処か自信ありげな表情で笑い、もう一度杖を振るう。と、海の水が巻き上げられ、分解し、濃い霧を生み出す。
「なっ…待ちやがれっ!」
エルデルグが駆け出そうとしたが、むにょむにょとした感触の霧がハィロゥ諸共洞窟から遠ざけてしまう。
「あやつ、邪神の力を使いやがったか!」
ハィロゥが舌打ちし、手を握り締める。エルデルグはどうにか霧を気で作った刀で切って進もうとしたが、洞窟の手前についたとき、既にエルフの男は居なかった。
「…これも、神の力なのか…」
エルデルグが不思議に思い首をかしげていると、ハィロゥがどうにかおいついたのだろう、彼の肩を叩いた。
「あれは邪神ホロゥシアの神官がよく使う技だ。どうやら奴は強力な信仰者なのかもしらん」
「ホロゥシア…か」
エルデルグの表情が曇る。ホロゥシアの存在を知っているが故に、あまりいい気持ちではない。
「ホロゥシアは人によっては病を喰らう神として祭られているが、多くの信仰者は『邪導士』と呼ばれる禁忌にも手を染める魔導士だ。傭兵だったらしっとるかもな」
ハィロゥはそれだけ言うと、歩き始めた。エルデルグがきょとんとしているのも気にせずに。我に返り追いかけようとしたが、彼は真顔でこう言った。
「あの男に目をつけられているだろうよ、きみも。逃げるならば今のうちだか?」
「逃げないさ。…イリュアスを探しだす為にも」
エルデルグは真面目に答え、小さく笑う。
(あの男に、狙われていると知ってしまったからには)
ハィロゥの表情が、どこか研ぎ澄まされる。真剣な眼差しで若い傭兵を貫き、確かめるように見つめ続ける。
「正気か。お前は死ぬかもしれないよ」
「それでもさ。それでも…」
試されている、と感じつつも答えるエルデルグ。僅かに右目を抑えながら、唇を舐めてハィロゥを見つめ返す。
(あの男は、海竜王について何か知っているかもしれない。もしかしたら、イリュアスの居場所を…)
そんな事を思うと、何故か何かが、激しく震えた。
by jin-109-mineyuki | 2007-05-31 12:12 | 小説:竜の娘(仮)