ある野良魔導士の書斎

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第四話:惹かれ合う力、交じり合う思惑(6)

 リナスの目が見開かれる。全身に激しい痛みが走り、魔力が逆流する。思わず吐き気を覚えたが、必死に堪えた。
「リナス!」
ロイドが叫ぶ。が、彼女はどうにか身を起こした。
「すまない、こんな時に…」
「いいよ。…大丈夫だから」
リナスはにっこり笑い、ロイドは余計に心配する。
「…解った。何かあったら連絡してくれ。一応言って置くが…最近、過激派の邪神『ホロゥシア』の動きが活発になっている。…気をつけろよ」
その言葉にリナスは頷いた。

 イリュアスは寝台で目覚めた。全身が火照り、汗でびっしょりになっている。
「なんと、いう…夢なんだ…」
苦しかった。そして、情けない気持ちになった。そろそろ、すっきりと立ち直らなきゃいけない。あんな夢など、見ないように。それなのに、自分はまだ、スオウを求めている…。
(ああっ!)
イリュアスは恥ずかしくなって唇を噛み締めた。そして、体が軋み、激しく痛む。
「畜生…ッ!」
寝台に寝転ぶ。何故だろう、感情がコントロールできない。急に寂しくなって、涙が溢れ出す。
「ダメだ、ダメなんだ…そんな事じゃ…」
胸が痛い。泣きたくて仕方ない。けれど、涙なんて流したら…脆さを認めることになる。
(私は…脆くない!弱くない!)
必死に、叫ぶ。けれど、脳裏に浮かぶ、スオウの声。
『偽ったってダメだよ…イリュアス』
蕩けるように甘い、優しい声で彼は囁く。
『君のそんな弱い姿、可愛くて好きだよ』
今まで、本人からこんな声を聞いた事が無い。それなのに、妙にリアリティがあった。まるで其処に彼がいるような…。
「あいつは偽者だ…。私が知るスオウはそんな事を…」
そんな時、ドアをノックする音が聞こえる。イリュアスは必死に心を落ち着かせようとした。こんな姿を、見られたくない。
「だ…誰だ…」
問いかけると、返事が返ってくる。穏やかな、優しい声だ。聞き覚えのある声に、彼女は顔を綻ばせる。
「ベヒモスだ。…軽食を持って来た」
「今、開ける」
ベッドから起き上がり、一度顔を顰めて…元に戻す。平静を装い、ドアを開けた。
「…辛そうだな」
ベヒモスは彼女の顔を見るなり、そんな事を言った。そして、テーブルに持って来たティーポットとカップ、チーズケーキを置くと、彼女に向き直る。
「これでも食べて落ち着くことだ。…なんなら、もう一度温泉に入ってくるか?」
「大丈夫です。ありがとうございます、ベヒモスさん」
いつものように笑って答えるが、眼が僅かに潤んでいる。僅かに息が荒い。どこと無く熱があるように見え、ベヒモスの表情は曇る。イリュアスもそれに感づき、ほんの少し居心地が悪くなった。
「そうとは思わないけれどな」
ベヒモスの穏やかな声に、胸が痛い。傷が疼きながらもイリュアスはそれを隠そうとする。
「…少し、話をしてもいいかな」
「はい」
ベヒモスはイリュアスが頷いたのを見ると少しだけ、小さくため息をついた。白く柔らかい光が天井から注ぐ中、白磁のカップに紅茶を注ぎながら口を開く。
「ヒトの心は、ちょっとした切欠で鋼のように強く、土くれのように脆くなるものだ」
どこか遠い眼で言葉を紡ぐ。少しでも、イリュアスの心が素直になってくれる事を祈りながら、考える。
(こいつも、強がりな所があるからなぁ)
少しだけ間を置き、紅茶を勧めながら
「今のお前は…壊れかけた硝子細工みたいに思えるよ」
「それはどういう意味ですか。何が言いたいんです?」
僅かに苛立ったイリュアスの声。しかし、ベヒモスは穏やかに言葉を続ける。
「そのままの意味だ。感情を無理に抑え、壊れそうになっている。リナスも言っただろう?…このままじゃ壊れてしまう、と」
イリュアスは胸元を掴み、ベヒモスから視線を逸らした。痛い所を突かれ、何も言うことが出来ない。
「どうしてそこまで、強くあろうとする?」
その問いかけに…イリュアスは酷く表情を曇らせたまま、だんまりを決め込んだ。僅かに首を横に振り、瞳を閉ざす。が、怒っているのか戸惑っているのか…竜紋が、うっすらと彼女の左半分を覆っていた。
「俺には、語れないのか…」
ベヒモスからため息が漏れる。長年彼女を見続けたベヒモスとしては悲しい事である。大切な友達が苦しんでいるのに、何も出来ない事が苦しかった。
「無理にとは言わん。信頼できる者に、語ればいい」
それだけ言うと、ベヒモスは部屋を後にした。紅茶の香りが鼻をくすぐり、イリュアスはそれで竜の近衛騎士が出て行った事に気づいた。
「ベヒモス…ッ」
声を上げたものの、既に彼の姿は無かった。

 リナスは通信を切り、寝台に横たわった。と同時にクウジュがやってきた。用意された白磁の皿にアロマオイルを垂らし、下を炎の結晶で暖める。
「ご無理をなさらずに、リナス様。今は大事な時ですよ」
クウジュは近くの椅子に腰掛け、そっとリナスの髪を撫でてやる。しばらくするとリナスの寝息は穏やかになり、魔力も落ち着きを取り戻した。同じ物をイリュアスの部屋にも置くことにしよう。クウジュはそう考え、もう一度リナスの髪を撫でた。
(イリュアスが無事竜になったら…任期は残り100年になる。彼女が立派な竜王になれば、リナスの役目は終わる)
どこか遠い目で主を見つめ、過去に思いをはせる。前代から竜王の位を引き継いだリナスは仲間たちと共に困難を乗り越え、立派な『海竜王』となった。夫と、五人の近衛騎士たちと共に。
「イリュアスも、無事に竜化するといいな」
一人呟きながらクウジュは席を立つ。もしかしたら、ユエフィの仲間が宮を見つけるかもしれない。と、なったら今は危険な状態だ。会わせてはならない。
(嫌な予感がしますね)
彼は部屋を出ると白衣を青白いローブへと変換させた。そして、宮を隅々まで点検することにした。

 一方、玉座を守っていたシノンは人魚の鰭耳をぴくぴくさせつつ考えていた。
(普通、竜の力に適応できなかった奴は3日ぐらいで死ぬ。イリュアスは幼少から頭痛に悩まされてきたみたいだけれど…別の力が働いているのかな?)
ふと、脳裏に浮かぶ思い。『竜の後継者』の候補は生まれながらに紋を持つことが多い。が、竜が本格的に力を流すまで、何の反応も無いはずだ。イリュアス自身が持っていた魔力が強いのか、も考えたが…それならば成人と共に収まるような気がした。
「随分前から、神に命を狙われていたりして」
小説ではあるまいし、と一人呟きながら考察を止めた。感情の起伏が激しいのも、多分アレの所為だろ?なんて思ってしまったりするシノンだった。
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by jin-109-mineyuki | 2007-04-28 11:48 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)