ある野良魔導士の書斎

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第四話:惹かれ合う力、交じり合う思惑(5)


 天竜王ヴリトラ、地竜王ベヒモス、冥竜王ファーブニル、そして…海竜王レヴィアータン。この四頭が【四柱竜王】と呼ばれており、竜信仰では世界の基盤となっている。
「…リナス…大丈夫か」
不意に、声がした。自室で休んでいた彼女は顔を上げ、指を鳴らす。すると目の前に霧が現れ、スクリーンとなる。そこには赤い髪に銀の瞳の青年が姿を現した。
「…ロイド…久しいですね。かれこれ五十年ぶりでしょうか?」
「ああ。それにしてもリナス…レイから話は聞いた。漸く、後継者候補がやってきたそうだな」
ロイドと呼ばれた青年は少しだけ、優しい顔になるが、直ぐに険しくなる。目の前の友人が、疲れているように見えるからだ。
「そんな顔をしないで。私は平気よ」
「無理はするな。今、魔力を流しているのだろう?その候補者に」
彼はリナスを気遣い、ベッドに座るよう促す。が、リナスは立ったままロイドの目を見た。
「魔力が、適合しないのか?試練は行き詰っているのか?」
「なんとも言えないわね。魔力は適合しているけれど…あの子の心が酷く苦しんでいる。物凄く、傷ついて苦しんでいるのに、我慢している。それが、魔力に響いて…」
語っている間にも、リナスの体に痛みが走り続ける。イリュアスは未だ、失恋の痛みと向き合えていない。そして、自分の気持ちにも。それが引っかかって、うまく行かないのだ。
「大変そうだな、そっちは…。まぁ、クルーエの時も色々あって大変だったけれどね」
ロイドが苦笑する。リナスもそうだったわね、と頷いた。途端、激痛に耐え切れず、寝台に身を投げ出す。
「リナス!」
「大丈夫。少し、流しすぎただけ…」
彼女はそういい、気丈に笑ってみせる。けれど、ロイドの目には、その姿が痛々しくてならなかった。

 一方、イリュアスは夢の中にいた。そして、一人その場に蹲る。
(違う、絶対に違う!…失恋が…私を苦しめているなんて…)
そういいつつも、胸の奥で何かが呻く。それは、恰も叶わなかった恋を嘆き、思う相手を呼び続けるかのように。
(違う、違うんだ…。きっと、もっと別の事だ。私はまだ、子供なところがある。だから、それに違いない!)
イリュアスは必死に否定する。けれど、息苦しい。悲しくてしょうがない。
『イリュアス、よく考えて』
リナスの声が聞こえる。それは優しく、けれど傷に沁みる。
『その思いは、どうにもならないでしょ?』
―でも、言えない。こんな苦しくて、恥ずかしい事!
『なら、吐かなくちゃ。吹っ切れないのも解かる』
―ダメなんだ、私は…そんな弱さを見せてはいけない。
『けれど、黙っていたら膨らむだけよ。だから』
―それでも、黙ってでも乗り越えなきゃいけないんだ…私は!
それなのに、全身が熱くなる。冷静になろうとすればするほど、反比例的に、火照っていく。世界が揺れた。眩暈がする。魔力が、全身を駆け巡る感触に、痛みと快楽が混じっていく。何故だろう、吐息に悲しい声が混じっていくようだった。
―イリュアス…。
「…誰だ…」
イリュアスは息も絶え絶えに問う。けれど、それに答えるものは居ない。それなのに、焦ってしまう。
(違う…違う…筈だ…)
それなのに、ふと、感じてしまう…疑問。
『スオウは、恋心もないのに、何故私を抱きしめた?』
彼の温もりが、瞬時に蘇る。優しい声が、優しい瞳が、優しい感触が。そして、愛しいその影が…脳裏にぼんやり、浮かんでいく。
「スオウ?…スオウ…なのか?!」
イリュアスが叫ぶ。おかしい。何かがおかしい。けれど、気配を覚えた。呼吸が荒い。不思議と、胸が高鳴る。
―こっちだよ、イリュアス。
声のままに、イリュアスは走り出していた。行っても其処に、彼は居ない。そんな気がしたのに、気配がある。矛盾が、混乱を招いていく。
「スオウ…なのか?」
暗闇に問う。すると、一気に辺りが明るくなった。
「そうだよ、イリュアス。逢いに来たよ!」
彼はそういい、優しく微笑んだ。淡い灰色の髪、紅蓮の瞳、淡褐色の肌。紅いローブ、獣毛に覆われたエルフの耳。銀がかった灰色の尻尾。穏やかな顔…。全てが、別れたあの日と違っていない。
「何故、ここにお前が居る?」
イリュアスは表情を険しくした。本当はうれしい。けれど、おかしい。今の自分は『海竜王の宮』にいる。スオウがここに居るはずがない。それなのに…。金色の瞳が、酷く震えた。
「スオウ…逢いたかった…。けれど、何故、逢いに来た?」
彼女の、愛しそうな、自分でも悲しくて柔らかい、甘えた声。それに、彼はやんわりとした笑顔で答える。
「君を迎えに来たんだ。…愛している君を」
瞬間、イリュアスの表情は凍りつく。
―誰だ、こんな茶番を作ったのは!
イリュアスの険しい表情に、スオウはきょとん、とする。
「どうしたんだい、イリュ。君は俺を愛してくれる。俺も、君を愛しているんだ。こんな場所から出て、一緒に世界を廻ろう」
手を差し伸べるが、彼女は乱暴に振り払う。
「嘘をつくな。…偽者が!」
「酷いな、イリュアス。俺を偽者だなんて…」
その優しい声が、今の彼女には痛い物だった。諦めきれない思いが沸々と音を立てて胸に沸き起こる。けれど、彼女の知る『スオウ』とは、違いすぎる。
「スオウ。君には愛しい人がいた筈だ。私ではなく、別の女性を愛していた筈だ」
「彼女じゃない。俺が愛しているのは」
スオウが言葉を続けようとしたが、イリュアスは素早く言う。そうでもしないと、心が壊れそうだった。
「黙れ、痴れ物!私の知っている『スオウ』は…そんなに簡単に愛している、など言わない!!」

―ゴメン、イリュ…。

あの時、精一杯悲しませまい、とした彼の言葉が、脳裏に浮かんだ。あの芯のある声。
「お前の声には、芯がない。お前は…偽者だ!」
イリュアスはすっ、と指差し…彼を睨みつける。けれどスオウは…にっ、と笑い、音もなく彼女を抱きしめる。その素早さに、イリュアスは何も出来ず、目を白黒させてしまう。
「なっ…?!」
「偽者…ねぇ…。君がそう思うなら、そうかもしれない。けれど此処は君の『夢』だ。そう、成し得なかった君の欲望を、密かに叶えられる場所だよ…」
スオウが口ずさみ、そつない仕草で彼女の首筋をちろり、と嘗める。途端に体温が跳ね上がり、目をぎゅっ、と閉ざす。
「…あぁ…」
「君は心も、体も求めていた。夢では何度も手を繋いだり、唇を交わしたり、体を…」
「言うな!…離せ、離せぇっ!」
「偽ったってダメだよ…イリュアス」
もがくイリュアスに、スオウは苦笑する。そのまま、横腹に手を這わせ、更に強く彼女を抱きしめる。
「君のそんな弱い姿、可愛くて好きだよ」
その言葉に、イリュアスの脳裏が白くなった。
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by jin-109-mineyuki | 2007-02-09 11:12 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)