ある野良魔導士の書斎

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第四話:惹かれ合う力、交じり合う思惑(3)

 イリュアスはとりあえず自分に宛がわれた部屋に入った。レヴィアータンことリナスは「好きに使って」と言っていた、質素だが美しい部屋だ。清潔で、天井には優しく光る白い石がはめ込まれていた。奥にはふかふかとしていそうなシングルベッドがある。
「少し休ませてもらおう」
ドタバタと魔力制御で疲れたイリュアスは、安堵の息を吐き、ベッドに横たわる。低反発素材を使っているのか、彼女の肢体はゆっくりと沈み込んでいく。
(気持ちいいな)
溜息をもう一つ。すると瞼がとろん、と重くなってきた。なんだか、数日振りに安眠できる気がする。そんな事を思っているうちに、イリュアスは深い眠りへと落ちて行った。

 一方玉座。リナスはユエフィをベヒモスに預け、彼女もまた席を立つ。僅かによろめいた所をシノンが支えた。クウジュもまた、心配そうに駆け寄る。
「大丈夫か、リナス…」
「なんだか、顔色が優れませんよ?」
二人の騎士に言われ、彼女は苦笑を浮かべる。流石に隠し切れないと悟ったのか、リナスの唇が、少し震えながら開く。
「少しだけ、彼女の戸惑いとかが…影響しているの。魔力も流していることだし」
「だったら、大人しく寝ていたほうがいいんじゃねぇのか?」
シノンが何時になく真面目に言う。クウジュも賛成らしく、一つ頷いた。彼は元々医者である。何処からともなく診察道具を取り出すとシノンに
「リナス様を運んでください」
と指示を下す。が、シノンは顔を曇らせる。最低1人は玉座を守らねばならないのだ。
「それだったら運んだ後に貴方が戻りなさい。その間は私の分身に守らせますから」
「だったら話が早い。オレは先に行くから、診察は頼むぜ?」
合点の言った人魚族の男は素早く主を抱え、彼女の部屋へ向った。玉座に残ったクウジュは呼吸を整えて呪文を素早く唱え、己の分身を生み出す。そして、分身に玉座を守るように、と命令し、友人の後を追った。

 二人はまだ知らない。眠りだしたイリュアスと、倒れたリナスの体に、ふんわりと竜紋が浮かんでいた事を。

 その頃、ベヒモスはユエフィと向かい合っていた。この神信仰者は何をしてかすかわからない。念のために見張っているのだ。
「もう、アイテムは無い。それに術だって封じられている。今のオレは無力だぜ?」
ユエフィは少しだけ肩をすくめ、苦笑する。しかしベヒモスは無反応だった。疑わしい、という眼を向けるだけ、である。
「言っておくけど、オレは下っ端で、工作員でしかない。イリュアスを狙う主は、確実にこの宮を探そうとしている」
「発信機の類は全て取り去ったが?魔術も断ち切っている」
ベヒモスは淡々といい、空になったユエフィのカップに紅茶を注ぐ。柔らかな匂いが、二人の鼻をくすぐった。その間にも、胸に不安が過ぎってしまう。
(…あと二人の騎士…どちらかが魔力の痕跡を消してくれるといいのだが。それ以前に、事件に気付いているかが問題だな)
ベヒモスは少しだけ表情を曇らせ、しかし、ユエフィに悟られぬよう涼しい顔に戻る。ユエフィはユエフィで少し考え事をしていたのか、僅かに俯いていた。
「まぁ、とりあえずは客人としてもてなそう。リナス殿は心のお優しい方だ(しかし、あまり嗅ぎ回ると痛い目を見ることになるからな)」
「そういうことなら、ありがたいね。…お言葉に甘えてゆっくりさせてもらうよ(その隙にイリュアスを狙う)」
二人は内心で幾分か付け加え、何処と無く不敵な笑みを浮かべあった。

 一方、ディフェイの小さな診療所。そこの主であるパトスは傍らにいる娘の目を見て言った。
「暫くの間、出かけてくる。診療所とバンを頼むぞ、カノン」
「承知した。拙者に任せておけば万事大丈夫だ」
カノンと呼ばれた女性は、ベヒモスの子の一人だ。そして、パトスにとっては医術の師でもある。一見パトスの方が師匠に見えるが、カノンは千年以上生きる大地の精霊である(と、いう事はベヒモスはそれ以上生きている事になる)。
「それにしても、イリュアスは無事だと良いな」
「無事だろ、と思う。…体はどうか解らんが」
パトスはカノンの言葉に頷きかけるが、険しい表情で止める。そして、少しだけ険しい顔をした。
「しかも、奴が関わっていそうなんだ」
「…例の男か?」
カノンが問うと、パトスは頷く。そして、どこか遠くを見るような眼で溜息をつく。
「ああ。まさか、とは思うが…そんな気がしてならない。奴は強大な魔力を求めていたからな」
そこまで言うと、彼は僅かに唇を噛み締める。脳裏に浮かぶ黒髪の男が、くぐもった笑い声を上げているように思えた。
「…ヴァニティス、てめぇが…イリュアスを…?」
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by jin-109-mineyuki | 2006-12-01 15:21 | 小説:竜の娘(仮) | Comments(0)