ある野良魔導士の書斎

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第三話:海色の聖地(8)


 イリュアスが温泉にいる頃。エルデルグは相変わらず海辺の町へと行く街道上を飛んでいた。川は大きくなり、薄っすらとだが、海が見えてきた。そろそろ川の水に塩分が混じり始めてもおかしくはない…と、推測しつつ音もなく街道に舞い降りる。と、小さく溜息をついた。
(ったく、イリュアスはどうしちまったんだろ?)
そう内心で呟く。何かがおかしいのだ。何時もの彼女ではない。どことなく覇気が無い。そして、なんとなく弱々しくも見えてしまった。そんな彼女を見ていて、なんだか不安を覚える。けれど、普段はクールな為そんな姿を見るとかわいくも思ってしまう。
(妙に気になるな)
エルデルグの表情は曇ったままだ。彼女の事を考えるとちょっと胸が痛い。何故だろう、他の誰よりも心配になってしまう。
「それが、恋ってもんだろよ?」
「うわぁっ!?」
急に声がした。驚いて振り返ると…見覚えのある人物だった。エメラルドグリーンの目に、栗色の髪。小麦色の肌はつやつやで、よく見ると顔立ちは柔らかい。微かに漂うミントの匂いで、市場であったアイテム商であると気付く。
「あ、貴方はあの時の…」
「そうだよ、兄さん。これも何かの縁だろし…名乗っておくわ」
そう言うと、彼はフードを外すとにっ、と笑って見せた。そして、懐から一枚の名刺を取り出す。
「アンティーク・アイテム収集家のハィロゥ・エクシデル。商人って言うのは鑑定眼を鍛える為の副業さね」
ハィロゥと名乗った男は良く見ると人間ではなく、ウタカタ族であった。ウタカタ族は驚異的な自己回復能力と平均的な人間に対し二倍の寿命を誇る種族だ。その証として首筋の血管が僅かに青白い光を帯びている。暗闇では血液が発光するのも彼らの特性だ。明かりがないのにはっきりと色がわかるのは、彼自身が淡く輝いている所為もある。
「俺はエルデルグ・ベイグランド。ルポライター兼傭兵をしている」
それだけ言うと、ふと沸いた言葉を口にする。
「で、そのハィロゥさんが何故こんな今頃海辺の町へ?」
時間的には午前四時を回った所。普通ならば何処かでぐっすり眠っている筈の時間だ。まぁ、一部例外はあるが…。ハィロゥもその点はわかっていたので
「それじゃ、エルデルグ。君は何故こんな夜中にここにいる?」
「そ、それは…」
困った。このハィロゥがイリュアスを攫った人間と協力しているかもしれない。そう考えるとあの事はどうも言いづらい。
「ちょ、ちょっと…色々あって」
言葉に詰まったので、とりあえず苦笑した。が、傭兵という職業柄が幸いしてか、ハィロゥはそれ以上詮索しない事にした。
「そうか。…我輩は急に古い友人に会いたくなって。だからあの街から出たのさ」
彼はそう言うと、にっこりと笑って口元を綻ばせた。

 「シルクレア」
パトスはふと、宿の主人に声をかける。ベヒモスの手下たちは全員戻ってきているらしく、彼らの周りを囲んでいる。
「『バイオレット・ムーン』の事なら、長男坊に任せる事になっているけど?」
シルクレアはそういい、髪をポニーテイルにした青年を見やる。が、パトスはそうじゃない、と首を横に振った。
「いや、イリュアスが竜になる試練を受けているだろ?そんな時に神信仰者が攫いに行くって…なんか出来すぎてる気がする」
「何を言ってるの?物語ならありがちなお決まりでしょ?主人公が力に目覚めたらヒロインが連れ攫われて、旅立ちを迎えるって」
訝しがる彼に、シルクレアが当たり前でしょ、というような顔で首を傾げる。薄っすらと白み始めた空の下、他のメンバーは解散を言い渡されて散らばっていく中で。
「だったら、イリュアスはその両方を兼ねているじゃんか」
「…それはまぁ、気にしないで」
二人は顔を見合わせ、ぽつりと言うパトスをシルクレアが嗜める。そして、彼女は顔を上げた。
「でも、パトスの言葉も…一理あるかもしれない」
そう呟くと、シルクレアは溜息混じりに目を細めた。
「…空竜王、海竜王、地竜王、冥竜王。ようやく、最後の候補が見つかったというのに」

 時同じくして、1人の男が別の道で海辺の町に入った。白み始めた夜より黒い髪。カンテラの光に輝く三本の銀色メッシュ。青と緑の眼で、遠くの海を見やる。
「竜王の海か。この近くに、海竜王の宮があるというのだな」
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by jin-109-mineyuki | 2006-05-15 22:00 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)
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