ある野良魔導士の書斎

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第三話:海色の聖地(6)


 基本的に、竜王が暮らす場所は『宮(みや)』と呼ばれる。その事をイリュアスは幼い頃から学んでいた。竜信仰の村で生まれ育ち、竜に強さを求めて祈り続けていた彼女は、なんとなくその事を思い出した。用意されていた海綿で体を洗いながら、天窓を仰ぎ、一つ溜息。天然の水晶を使ったであろうそれは、月の光を石畳に垂れ流す。
(その宮に、私は今いる…)
イリュアスの表情は、どことなく柔らかい。嬉しい反面、若干途惑っている。一生来る事が無いと思っていた聖地にいるが、『連れ攫われて流れ着いた』という結果が苦笑させてしまう。
「いいかしら?」
不意に声がした。恐らく巫女だろう、と思ったのでどうぞ、と返す。暫くして、一人の女性がやってくる。滑らかな白銀の髪と涼しげな白銀の眼。肌の色はイリュアスと同じ小麦色だ。豊かな胸と程よい縊れ。やっぱり、人によって違うよな、など考えると彼女は左隣に椅子を置き、イリュアスににっこり笑いかけた。
「ようこそ、海竜の宮へ。貴方は竜紋の持ち主ね?」
「えっ?」
急に言われて慌てたが、よく考えればここは竜の宮だ。そして、自分の竜紋は現在成長中で、左腕を覆っている。目立つに決まっているのだ。
「ああ、これか。やっぱり目立つのか?」
「仕方ありませんよ。その様子だと苦労しているようね。疲れが見えるもの」
彼女はそう言うとくすっ、と笑う。竜紋の持ち主はやはり苦労するらしい。イリュアスはただ苦笑し、その紋に触れた。
「生まれながらにあったのが成長しているんだ」
「魔力で解かるわよ」
彼女はイリュアスの言葉に頷き、何故か愛しげなまなざしを向ける。それが不思議だったが、彼女はにっこり微笑んだ。
「名前は?私はリナス・ルセルクよ。よろしくね」
「イリュアス・ツクシという。こちらこそよろしく」
二人はそういい、とりあえず握手をした。

 ベヒモスはその頃、自分に割り当てられた部屋にいた。ユエフィも一緒である。とりあえず客室において軟禁しておこうとも思ったが、なんとなく気が引けたのである。
「とりあえず、尋問な。我々竜の信仰者は無駄な争いを好まない。このままお前がイリュアスを諦めてくれれば、この件は不問にするが」
「諦めないよ」
ユエフィはそういい、不敵に笑う。
「俺の雇い主もこの宮へ向かっている。海竜の王も同時に捕らえれば、実験用の魔力には事欠かない。ふっ、これで信仰する神にも箔が付く」
そこまで聞き、ベヒモスがふむ、と唸る。竜を求める神信仰者の邪導士だな、と予想する。穏健派の神を信仰する者ならば、こんな行動を頼んだりはしない。
「信仰する神は?」
「過激派の神、とだけ言っておくさ」
ユエフィの気だるそうな回答に、ベヒモスはただそうか、とだけ返す。そして持ってきた紅茶を彼に進め、もう一度口を開いた。
「お前が持っていたマジックアイテム。質がいいな。障害物をすり抜けるマントといい、魔力漏れ制御のピアスといい…」
「まぁ、な。前金もそれだけ貰っているから」
青年は頷いた。紅茶を口にするとほんのり甘い。どうやら林檎の果実を入れたらしい。素朴で優しい甘酸っぱさが口を浸食した。ベヒモスの表情は何処か余裕で、若干じれったいが。
「現物支給、も考えられるな。しかし…」
ベヒモスは苦笑すると紅茶を一気に飲み干し、マントを正した。そしてどこか他人事のように嘯いた。
「魔力に、人を嘲笑うような癖を、感じるんだがな」
その瞬間、僅かにだが、ユエフィの表情が強張った。

 夜の街。エルデルグが、イリュアスたちを追っている一方、街に残ったシルクレアとパトスは戻ってきたベヒモスの仲間たちと多少話し合い、宿へ戻っていた。
「それにしてもな」
パトスが眼鏡をかけなおしつつ呟く。それに気付いたシルクレアは彼を見た。長身のエルフはシルクレアから借りたシャツの襟を弄りつつ、遠くを仰ぐ。僅かに殺気立った彼の双眸が鋭い。
「どうしたのよ、パトス。そんな怖い顔して」
「いやな予感が、しちまうんだよ」
彼はそういうと、前髪をさっ、と掻きあげる。白銀に映える漆黒のメッシュが三本、音を立てて跳ねた。彼の苛立ちを表すような乱暴さで。
「あの野郎が…一枚噛んでいそうなんだよ」
そう言うと、パトスは僅かに目を細めた。
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by jin-109-mineyuki | 2006-03-27 21:23 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)
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