ある野良魔導士の書斎

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第三話:海色の聖地(5)

 湿気が、全身を包み込む。いや、全身が濡れている。火照っていた体には丁度良い冷たさだ。意識が回復したイリュアスは薄っすらと目を明けた。…暗い、圧迫感が多少ある場所だ。滑らかな岩らしい地面。手でそれを確認し、身を起こす。濡れた服が気持ち悪いが、仕方のないことだ。どうやら、連れ攫われた時に雨が降ったが、水のある場所に落ちたらしい。考えてみると、体の痛みが少し凪いでいた。
「よかった。しかし、ここはどこだろ?」
イリュアスが辺りを見渡したとき、急に光が刺した。それに思わず目を瞑るが、反射的に身構えた。敵か?
「イリュアス、大丈夫だ。何もしない」
その声には聞き覚えがあった。自分を攫った男の声だ。
「信用できない。貴様は私を連れ去ったじゃないか!」
イリュアスが近づく男に叫ぶ。が、光に目が慣れると、魔力などが封じられているのが分かった。四枚の翼をもった、ごく普通の青年だ。竜によって、神の力を封じられている上、武器も取り上げられているらしい。彼は若干苦笑した。
「俺はユエフィ・ル・シャンティ。主の命令でお前を連れ去るように言われたが、今では竜に捉えられて身動きが取れない」
「…イリュアス・ツクシだ。竜信仰の村で生まれ、傭兵を生業としている。お前のことだ、知っているだろうけれど」
イリュアスは簡単に自己紹介をした。ユエフィは一つ頷き、手招きする。彼はこっちに非がある、といい、訝しがる彼女に微笑んだ。
「どうするつもりだ」
「いや、ベヒモスとかいう男の命令に従っているだけだ。イリュアスが目覚めたら、部屋へ案内しろってね」
話によると、イリュアスが眠っている間に魔力を暴発させてしまい、三人とも河口へ落ちてしまったらしい。その際、ベヒモスがこの洞窟を見つけ、二人を連れていったという。
「ベヒモスはちょっと探りにいっている。直ぐに戻るさ」
イリュアスはそう言われ、渋々ユエフィについて行った。さりげなく手を差し伸べるユエフィだったが、彼女は無言で跳ね除ける。つれないなぁ、と有翼人はふざけ気味に呟いた。

 しばらく歩くと、明るい場所に出た。暖かい色の光を零す岩が天井を覆い、暖かい。中央には丸いテーブルがあり、蝋燭の台もあった。端には河口の水か、海の水か、流れている小さな川がある。道の先にも、道があるが、とりあえず様子を見ることにした。辺りは本が読めるぐらいの明るさで、洞窟であることを忘れそうだ。洒落たレストランとも思える。しかし、ユエフィは若干渋そうな顔をしていた。
「居心地が悪そうだな」
ふと、イリュアスがいう。と、彼は溜息をついた。
「そりゃ、ね。神信仰者が竜信仰者の聖地にくるのは、妙に…」
元々過激派だから、と付け加えて。それにイリュアスも納得した。竜になりかけた人間を誘拐するなんて、彼らぐらいなもんだろう。しかし、別の理由が、ユエフィにはあった。
(なんか、こう、ドキドキつーか、妙な気起こしちゃいそうなんだよね)
ちらり、とイリュアスを見る。濡れたパシャマは多少透けて、下着を浮かび上がらせているのだ。
「乾いた服ならば、後から調達するってさ。あっちに温泉があるってベヒモスが言っていたし、行っといでよ」
ユエフィはそう言うと、くるり、と背を向けた。イリュアスはなんかすっきりしないものの、とりあえず言われたとおりにした。濡れたパジャマがまとわり付いて気持ち悪い。
「…っと。理性はとりあえず守られたか」
イリュアスが去ったのを確認し、ユエフィが呟く。が、人の気配を察知。ベヒモスが何時の間にかそこにいた。
「イリュアスだったら温泉に行ったぞ」
「そうか。目覚めたか」
ベヒモスはほぅ、と安堵の息をつき、有翼人の青年を軽く睨んだ。一応、ユエフィは囚われの身なのだ。案外自由だが。
「ここは、海竜の王の巣なのか」
彼の問いかけに、海竜の近衛騎士は若干怪訝そうな表情を浮かべる。
「レヴィ様の屋敷だ。竜は自然の物を魔力で住み心地の良い屋敷へと変えて暮らすからな」
「屋敷、ねぇ」
ユエフィは若干眉を顰めた。確かに美しい場所ではあるが、屋敷というより天然の洞窟を魔法で加工した物としか思えない。どう考えても巣だ。
「神だってそうだろう?ま、多くは神殿を持つが。世界樹の苗木たちはこういうものを持たないものが圧倒的に多いぞ。それぞれに個性があるんだ、気にするな」
俺も若い頃は慣れなくてね、と苦笑を浮かべるベヒモスだが、ユエフィは何時だよ、と突っ込んだ。しかし、彼はさぁね、と肩を竦めてがさつに笑うだけだった。
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by jin-109-mineyuki | 2006-03-21 19:52 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)
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