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ある野良魔導士の書斎

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第三話:海色の聖地(4)

 イリュアスは目の前の人物にきょとん、とした。見覚えのある淡い灰色の髪。そして、紅蓮の瞳と淡褐色の肌。身に纏っている紅いローブは炎の竜を信仰する竜神官の制服。人狼との混血で獣毛に覆われたエルフの耳。尻尾とそれは銀がかった灰色。穏やかな顔が、陽だまりのようで好きだった。
「スオウ…!?な、何故ここにいるんだ!!」
慌て、彼に問いかける。が、スオウと呼ばれた青年は答えない。よく見ると、もう一人…旅姿の自分が傍にいた。頬にはメイクで作った傷。髪をポニーテイルに結い、額にはバンダナを巻いてサークレットを隠している。『イリュディアーゼ』という男に扮している自分だ。それをみて思い出す。あれは、告白した日の翌日だ。

 イリュアスは男装をしてオードリーの街からベヒモスたちがいるディフェイの街へ向かうことにしていた。旅の際、男装をするのはそっちの方が動きやすいこともあるからで、時折やっている。
「イリュ、本当に行くのか?」
スオウが寂しげに問うが、イリュアスはああ、と一言だけ返した。気まずそうに視線を外し、舌先を軽く噛んで嗚咽を殺す。その表情にスオウが少しだけ、目を険しくした。
「…俺の、所為なのか」
ポツリ、という。イリュアスは黙ってスオウを見た。何処か曇った、冷たい眼で。『イリュディアーゼ』の眼をしていた。
「そんなのは関係ないね。僕はちょっと疲れたから、休息をとりに行く。それだけ」
『イリュディアーゼ』はイリュアスより子供っぽく、フランクな雰囲気の口調だ。男装したときは心も変わる。…その筈なのに、上手く行かない。自分への苛々が、滲み出てしまう。
「…そうか。じゃあ、な。ゆっくり休めよ」
「ありがと、スオウ。君も気をつけて。炎の竜のご加護がありますように」
僅かに苦味のある顔で、スオウが手を振る。赤茶系の色で纏められた煉瓦畳の道を、翻って仲間の下へ走っていく。イリュディアーゼもまた、似た表情で、見送った。けれども、何故だろう。金色の目から、一粒光る雫が落ちた。
「………」

 イリュアスが我に帰ると、そこは夜の公園だった。場所はオードリーの町、というのは変わらない。けれど、イリュアスは変装もしていない、普通の格好で、そこにいた。趣のある街灯が、柔らかに二人とベンチを照らす。
「スオウ…」
イリュアスは目の前の青年を見上げた。背はすらりと高い。程よく筋肉が付いた体は本当に美しかった。彼は白いシャツと黒いジーンズという井出立ちで、首には紅いガラス球のペンダントが下がっている。彼の目よりは美しくないが、綺麗だった。
「私は、初めて貴方を見たときから…多分、その時から、貴方を好きになっていた。私は貴方の物になりたい。貴方の傍にずっといたい」
真っ赤な顔。体温も上がり、鼓動も激しい。これだけでも自分らしくないようで、恥ずかしい上に怖くて、壊れそうだった。スオウの顔をまともに見る事が出来ない。
「イリュアス…」
スオウは驚いていた。そして、目を見開き…悲しげに唇を噛み締めた。この時初めて、何かに気付いた。彼女も一人の女性であることに。何時もはクールで、恋に悩むなんて想像が出来なかった。こんなに弱々しくて、脆そうで、愛らしい姿なって、見れないと。しかし、彼には思う人がいた。
「悪い、俺には好きな人がいる。最近それに気付いたんだ。君の気持ちは嬉しいけれど、答えられない」
イリュアスが顔を上げる。一拍の間をおいて、白くなる。確かに、噛み締められる歯。
「ゴメン。お前の気持ちにこたえられなくて…。それにオレ、お前を仲間としか見ていなかったし…」
スオウは言葉を止めた。イリュアスが今にも泣きそうな顔で、でも苦しげに何時もの自分を装うとする。その姿が、痛かった。
「いいよ。いいよ、いいよ」
イリュアスは無理に笑う。けれど、それが苦しくて、スオウは
「ゴメン、イリュ…」
そっと、彼女を抱きしめていた。苦しかったら泣いてもいいし、自分が悪いんだから殴るなりなんなりすればいい。そう思って。けれどイリュアスは途惑った。受け入れられないなら、何故抱きしめるんだろう。仲間だから、抱きしめるのか?
「………私は、どうすればいい?」
これから、先。何をすればいいのか、判らない。

―私は、『恋』なんて…お前に会うまで知らなかったんだ!

ドクンッ!鼓動が一つ大きくなった。呼吸が、鼓動が一気に激しくなる。思い出した途端に悲しい気持ちが押し寄せてきて、息苦しくなって、それでもどうすればいいのか分からなくて、眩暈がした。
(何故だ、何故だ!)
イリュアスは喘いだ。辺りが真っ暗だ。全てが痛い。竜紋がじりじりと焼ける。確かに成長を続けている。喉の奥に何かが詰まっているようだ。魔力が、膨大な量の魔力が心を追い詰める。それでも、耐えようと試みるが、爪先から頭の先まで烈火が迸る。
「何故なんだ!何故思い出して体が…ッ!」
叫んだ瞬間、思い出す。自分は連れ攫われたのだ。見知らぬ誰かに。そして、薬で眠らされて…。
「だから、何故こうなるんだよッ!」
叫ぶ。変な頭痛から始まって、紋様が成長して、竜が呼びかけてきて、連れ去らわれて。冷静に考えが纏まらない。全身が燃え立つように熱い。そして、自分の中から魔力が放出されるのを、ありありと感じ取って再び意識が途絶えた。

 その頃、エルデルグは一人街道に舞い降りた。竜王の海に程近い街へ向かって。川に程近いココならば、ひょっとしたらイリュアスたちが見つかるかもしれない。魔力で手助けしてもらったといえども、竜の魔力で飛んだベヒモスには追いつけない。疲れもあり、彼は溜息をついた。
「イリュアス…、大丈夫なのかなぁ…」
by jin-109-mineyuki | 2006-03-15 22:28 | 小説:竜の娘(仮)