ある野良魔導士の書斎

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第三話:海色の聖地(3)


 屋根の上で身構えるベヒモスの体に、膨大な魔力が集る。そして、ふんわりと灰銀の光が辺りに零れる。手にしていたピアノ線が、音もなく溶け合い、彼の両手を覆う。次の瞬間には白銀のナックルが生み出されていた。紋様が浮かんでから、ココまでたったの三秒。それに、不審者…ユエフィは口元を綻ばせた。
「ドラグーンのお出ましか。この世界でそう呼ばれるのは竜の力を完全に使いこなせる『竜の近衛騎士』のみ…」
「世辞はいい。さぁ、イリュアスを返してもらおうか」
ベヒモスは僅かに深みと凄みを利かせ、鋭い眼差しでユエフィに言う。が、彼は首を横に振った。竜の強い力が肌に突き刺さる。神を信仰し、また神から加護を受けている彼にとっては、ある意味強敵だ。しかし、任務は全うしたい。任務さえなければ、彼女を攫わず、ただ普通の男女として近づきたかった相手なのだが。
「それは出来ない。我が主が新たなる竜王の雛を求めているのだから」
彼はそういい、再び翼を広げる。が、今度はベヒモスも後れを取らなかった。魔力が僅かに唸り、背中に竜の翼が生み出される。マントがそれに姿を変えたのだ。ぐんぐんと飛び続ける二人。風が渦巻き、近くの木々がざわめき、あっというまに街を越えてしまった。下には川が流れている。このまま行けば海へ向かう事になる。
(竜王の海に近づく。ならば、力をフルに生かせるな)
竜の近衛騎士はくすり、と笑った。青年は、自分からベヒモスの手の中へ落ちたも同然になるのだから…。
「我が主君、海竜王レヴィアータンの名において」
ベヒモスが呪文を唱える。特殊な言葉が零れ出た。まるで水が湧き出るような音だ。それを聞き取れないユエフィだったが、魔力による攻撃が行われるだろう、という事は予測していた。
「水素よ、酸素よ!結びつき、かの者を捕らえよ!」
ベヒモスの拳が、ユエフィへと勢いよく伸ばされる。と、同時に水の網が彼へと伸びていく。が、それをものともせず、イリュアスを抱えたまま飛び続けるユエフィ。水の網とベヒモスが迫るものの、そんなものは怖くなかった。眼前に網が迫る。水は光り輝き、ただの水では無い事を示している。
「甘い」
ユエフィが呟いた瞬間、彼の翼が僅かに光った。と同時に水の網は破られる。
「対竜魔法結界があらかじめ張られていたのか」
ベヒモスは冷静に判断する。そして、今度は何も言わず、ただスピードを上げてユエフィへと近づいた。
「されど、これはかわせまい」
彼が指を鳴らし、急にユエフィは川へと落ちる。何が起ったか解からずにいたが、落ちきる寸前に止められ、見えない何かで支えられている、と気付いた。
「…重力操作。さては、大地の精霊か!」
「ご明察だ、若者よ」
ベヒモスが、何時の間にかそこにいた。竜の力と精霊の力を併せ持つ男はにやり、と笑いイリュアスを奪い返した。見えぬ手によって動きを封じられたユエフィは、抵抗できず舌打ちする。
「彼女は、渡す訳には行かない存在だ。下賤の神などに使われるような存在じゃない」
「神が下賤だと?はっ、反吐が出る。竜なんざ、この世で最強の愛玩動物ではないか」
憎々しげに、若い闇の住人はベヒモスを睨んで言い返す。ギロリ、と互いに目を重ね、お互いを牽制した。真下は河口。淡い塩水が流れ込む、結構広い川。そこに触れるか否かの所に三人はいる。
「お前は、主人の命令で彼女を攫ったのだな」
「そうだ、我が主の為だ」
彼は鸚鵡返しに答える。それ以上は語りそうもない、とベヒモスは目で判断。この場で拷問をするのもいいが、それの前にイリュアスを安全な場所に運びたい。と、目に入ったのは彼女。僅かに振るえ、瞼が開かれる。一瞬、ひゅう、と風が唸った。
「むぅ…」
イリュアスが息を漏らした。どうやら目覚めたらしい、が、ベヒモスの表情が険しくなる。ユエフィも眉を潜めた。
「「魔力が、渦を巻いている」」
音もなく、魔力が竜巻上に練りあがる。普通の人間なら見ることはできない。が、二人には見えた。一気に成長したそれが、ベヒモスの魔法を一気に無効化し、
「ヤバいッ!」
音もなく、膨れ上がり、結界が風に溶け失せる。操れない強力なそれは暴れる竜のようにベヒモスとユエフィに襲い掛かり、歯向かう間もなく河口へと叩き落される。そう、声を出す暇もなく。

―ぽうぅ…。

一瞬だけ、イリュアスの体が青白い光に包まれていた。
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by jin-109-mineyuki | 2006-03-10 23:55 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)
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