ある野良魔導士の書斎

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第三話:海色の聖地(2)


 エルデルグが目覚めると、嫌な予感がした。と同時にドアを乱暴に叩く音。そして風の切れる音がした。
「エルデルグ、起きて頂戴!」
意識は鮮明になると彼は急いでベッドから飛び起き、ドアを開ける。シルクレアがネグリジェにショールを羽織ったまま、息を切らして立っていた。一瞬、屋根の上を何かが跳ねる音。
「ど、どうしたんだ?」
「どうもこうもないわ。イリュアスがいないのよ!ベヒモスが部屋に行ったら蛻(もぬけ)の殻で…」
それを聞いた途端、エルデルグはシルクレアを押しのけて一階へ飛び出し、職員玄関から外へ飛び出した。疲れた彼は着替えず、そのまま眠っていたのだ。今宵は上限の月。まだ南中を過ぎたばかりの月が、町をそっと照らし出す。それに浮かび上がったのは、一人の有翼人…。それをベヒモスらしき男が追いかけ、屋根を飛び移っていた。
「してやられたな」
不意に、声が聞こえた。何時の間にか、彼の傍にパトスがいた。彼は何時もの白衣ではなく、黒いタンクトップとジーンズだけの姿で特大メスを持っていた。
「一応、警戒はしていたんだ。今の時期、海の竜王もイリュアスも不安定な精神状態だから…」
「イリュアスが誘拐されたって…なんの為に?」
エルデルグは怒りと困惑で感情が高ぶっている。パトスは落ち着け、と促した所で一つ、溜息を吐いた。
「竜は世界で神や世界樹に匹敵する程の魔力を持つ。大昔、神々は竜を自分のペットのようにしていてね、その中でも竜王をペットにしていた神は物凄く尊敬されていたらしい。その名残で『竜』狩りを行う神や神信仰者が居るんだ」
「…はぁ?」
エルデルグは思わず声を上げる。つまりは、竜王候補のイリュアスは愛玩用に…!?そう考えると更に怒りが湧き起こる。
「それだけじゃない。竜の魔力を供給源にしたがる輩も大勢居るさ。くそっ、前もって目星をつけられていたのか!?」
エルデルグに説明しつつも、パトスは愚痴り、手元の獲物を握り締める。後から来たシルクレアも悔しそうに夫が走り去った先を見つめていた。
「あの方向は…『竜王の海』だわ」
彼女は何時の間にか蝙蝠のような翼を広げ、星空へ浮かび上がる。パトスとエルデルグも同じ方向を見た。風が吹いた、と思ったら幾人かの人間が、ベヒモスと同じ方向へ向かい、散らばっていく。
「ベヒモスの手下が、動き出したか」
パトスが彼らを見、呟く。エルデルグは僅かに苛々しながら泊まっている部屋へ戻る。と、身支度を整えなおし、再び下へ降りる。今からでも遅くは無い。追いかける心算だ。
「ベヒモスに追いつきたい。どうすればいい?」
エルデルグは地上に降りていたシルクレアに問う。パトスが楽しそうに笑い、シルクレアはやっぱり、というような笑顔で頷いた。
「なら任せてね。見えぬ翼を貴方にあげるから、行ってらっしゃい」
そう言われた途端、体が軽くなる。背中に見えない翼が彼を夜空へと音もなく押し上げて行った。
「行って来い、エルデルグ!好きな相手ぐらい自分の手で取り戻してみろっ!」
そう言われ、彼の頬が真っ赤になった。

 一方、不審者にいち早く気付いたベヒモスは己の不注意に苛立っていた。異常な魔力を覚えたが、それはイリュアス自身が起こしたものだとばかり思っていたのだ。
(俺も、まだまだだな。兎に角今は、イリュアスの救出が先決ッ!)
手にしたピアノ線を軽く握り締め、様子を伺う。音を消す力と重力をコントロールする力を組み合わせている為、四枚翼の存在はベヒモスが追いかけていることに気付いていない。態と音を出させている仲間に少し焦ったのだろう、飛行速度を上げ、引き離そうとした。真後ろのベヒモスはそっと、唇を嘗める。その時、初めて不審者が振り返った。
「…宿屋の料理長…」
確かに、彼の口はそう動いていた。ベヒモスが身構える。青年は空中で止まり、追っ手を睨みつけた。
「オレも迂闊だったな。宿屋の主人が精霊である、と気付けないなんざ。それに…お前も竜の関係者なのだろう?」
そう言われ、ベヒモスはしかたない、という眼を向けた。彼は料理人としてではなく、闇の住人としての姿でそこに居た。口元を覆う布、棚引く深紫のマント、手にされたピアノ線。その姿には、聞き覚えがあった。
「まさか、噂の処刑人『紫影狼』が竜の僕だったとはね」
そう言われた途端、ベヒモスの表情が僅かに険しくなった。同時に彼の周りに風が吹き、僅かに曝された目元に青白く輝く紋様が浮かび上がる。彼は僅かながら苦笑し、屋根の上で身構えた。
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by jin-109-mineyuki | 2006-03-01 07:52 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)
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