ある野良魔導士の書斎

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第二話:呼ぶ声、呼ばれる者(8)


 イリュアスの診察をしながら、パトスは1人呟いた。エルデルグはイリュアスの診察が始まる前に部屋へ戻っている。彼は溜息を吐くと聴診器から耳を離す。
「魔力の不可が大きいな。暴走の痕跡が肉体にも出ている。発熱はそれから来ているけれど、お前が打ち勝てば肉体にも馴染む」
ふと零れ出た言葉に、イリュアスは眼を丸くした。が、パトスはそのまま呟く。
「魔力が何らかの形で増えて、肉体の中で暴れていただけだ。外に漏れるのを例のサークレットが押さえていたから、漏れも穏やかなんだ。安心しろ、最低三日で治るだろうよ」
パトスはそう言うと薬草から作った解熱剤をイリュアスに渡した。その間に彼女も衣服を纏うパトスはイリュアスの頭を軽く撫でると
「その薬は一日一錠、夕食後に飲めばいい。診療代は傭兵保健組合手帳の規定により一割のみ徴収。後日払いに来ればいい。…じゃあな」
パトスが聴診器を鞄に仕舞い、席を立つ。イリュアスは僅かに微笑んで
「ありがとう、パトス」
それだけ言うと、ベッドに潜り込んだ。

 パトスが一階に下りると、客の目を盗んで職員用の部屋に入った。丁度ベヒモスがソファに腰掛け、手を組んでいた。何時の間にか、エルデルグの姿もそこにあった。恐らく診察中に来ていたのだろう。
「診察結果を」
「ああ」
パトスはカルテを取り出すと、何か付け加えてテーブルに広げる。エルデルグも覗き見た。そこに書かれていた【竜化レベル1・侵食開始】という文字に、ベヒモスは唸り、彼は目を丸くする。
「説明、させてもらうぜ」
パトスはそういうと別の冊子を取り出し、エルデルグに投げ渡した。
「ベヒモスは、いらねぇよな」
確認をすると、ベヒモスは一つ頷く。
「おおよその事は予想がつくからな」
それだけ言うと話すように手で促した。エルデルグは何がなんだか割らないが、とりあえず冊子を読む事にした。
「ごく普通の『ヒト』と『竜』は魔力の桁が違う。精霊やエルフ、魔族も敵わない。対抗できるって言ったら…神や世界樹ぐらいなもんだと思う。それぐらいなら常識としてお前でも知ってるだろ、エル」
急にふられ、エルデルグはびくっ、と肩を震わし、驚く。が、ベヒモスは少し前に座りなおしつつ、言葉を続けた。
「その冊子は後で読んでおけばいいから。まずは話を聞いていてくれ。お前は既に巻き込まれているんだからな」
「ま、巻き込まれている?」
エルデルグが思わず聞き返す。今何が起こっていて、何に巻き込まれるのか、言葉だけでは把握できない。
「イリュアスの事だよ」
ベヒモスが若干肩を竦め、僅かに目を細めた。どこか意味深な眼差しに、都市若い彼は多少途惑う。
「イリュアスの事、心配なんだろう?彼女の身に起っている事を理解していて欲しいんだ。第一、君はイリュアスの異変に気付いた人間だからな」
ベヒモスに言われ、エルデルグは頷く。が、なんだかすっきりしない。
「何に巻き込まれているのか、という質問の答えにはなっていませんよ」
「ああ、それか。…お前なら、安心できるから言うが」
問われたベヒモスは何処か不敵な笑みを零し、されど僅かに真剣さを溶け込ませた表情で再び口を開いた。
「新たな、竜王候補の試練に…だよ」
一瞬、青年の目が見開かれる。が、パトスは僅かに苦笑した。彼はカルテを手に取ると二人に見やすい位置に置きなおした。
「説明、再開するぜ? イリュアスは生まれながら竜紋を持っていたって言っていた。そこから既に目星はつけられていたって考えられる。そして、交代の時期が迫り、竜王は己の魔力を与え始めたんだろう」
エルデルグはそこまで聞き、はっ、と我に返った。
「ベヒモス、まさか…竜に」
「その話は後だ。さっきの事も頭において、考えとけよ」
彼はそういうとパトスに続きを促す。二度も中断され、パトスはちょっとだけなんだかなぁ、という顔をしていたが…。
「今の時点はレベル1から2への進行過程かな。精神面で何かあったらしくて暴走しちまってるから、少し心配だ。最悪の場合は衰弱死、死ななくても精神崩壊…。ある意味危険な状態だ」
パトスがそういいつつ、鞄から一つのサークレットを取り出した。普段イリュアスが身に着けているものである。それをカルテの上に置いた。
「そのサークレットも、ガタが来ていた。今はもう制御能力を壊されている。…まともに作用しねぇ。前からある頭痛は初期症状さ」
そこまで言い、パトスは言葉を止める。そして、脳裏に刻み込まれたイリュアスの紋様をカルテの空きスペースに書き込む。鍵束から伸ばされた、黒い網目。それはまるで、なにかの鱗のようにも思えた。
「竜の魔力が、確実に体に馴染んでいる。暴走さえ治まれば人から竜になり、彼女は長い時間を生き続ける。世界を守る為に…」
「だから、心の支えになる相棒が必要になるのさ」
パトスの言葉をつなぐように、ベヒモスが口を開き、ぽん、と肩を叩いた。えっ、と素で驚くエルデルグに彼はどこか意地悪な笑みの目で年若い友を見つめていた。

 イリュアスが我に帰ると、そこは闇の中だった。眠っていた筈だ。それなのに、自分は闇の中に立っている。
『イリュアス、気付いたか』
そう言われ、イリュアス頷いて紋を見た。見慣れた姿から成長し続ける紋様。魔力が少しずつ伸ばしていく、竜の証。それに、彼女は若干困惑していた。
「私は何故、生まれながらこの紋を刻まれたのです?」
『それを語るまで、待って欲しい』
姿を現さない竜は済まなそうにそう言った。何処か悲しいような声色。この存在に、一体何が起っているのだろう。ふと、疑問に思った。それでも、別の気になる事を問う。
「もう一つ。何故、私は魔力の制御が出来ないのです?」
『それについては、君自身が一番よく知っていると思う。少しは素直になってはどうかね?』
竜はそういい、気配を消した。イリュアスは急に心細くなる。
「それは…どういう…」
その時だった。彼女の意識が真っ白になったのは…。
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by jin-109-mineyuki | 2006-01-28 10:28 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)
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