ある野良魔導士の書斎

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第二話:呼ぶ声、呼ばれる者(7)


 町中。一人の男が不敵に微笑みながら頷いた。背は高く、肢体はしなやかで鍛え上げられた物だ。彼は人ごみの中をすたすたと歩きながら耳に水晶を当てていた。会話水晶というマジックアイテムの一つで、この世界では携帯電話の代わりになっていた。
「確かに、喜ばしい事だ。魔力の暴走が収まれば体もヒトから竜へ変わる。認められれば、見事な竜になるだろう」
彼は口元が緩むのを感じつつ、何度も頷く。
『観察を続けますか?』
水晶の中から青年の声が聞こえる。自分に仕えてくれる彼にイリュアスの様子を探ってもらっている。
「そう…だな。もし、よかったらそろそろ私の元に連れてきてもらえないか。誘い出すなり、連れ去るなりして」
『そうですね。イリュアスは動けないようですから、様子を伺って掻っ攫おうと思います』
青年はさらり、と言う。どうやら自分の行動に自信があるようだ。その頼もしい声に、彼はもう一度頷いた。
「楽しみにしているよ。私は一足先に、海へ向かう」

 イリュアスは寝台の上で一人眠っていた。魔力が体内から漏れ出る音が、僅かながら聞こえてきた。体が順応し切れなかったら、自分は死ぬだけだ。
(竜なんて…)
それでも、体の上を少しずつ紋様が這って行くのが解かった。思わず右腕を押さえ、呼吸を整える。何故だろう、無性に怖かった。暴走する魔力。軋み続ける体。思わず、僅かながらうめき声を上げる。また全身が火照ってきた。体を丸め、唇を噛む。全身が痛い。動きたくない。けれど、なんだかムズムズするのだ。
「ああっ…」
どこと無く、吐いた吐息。瞬間、僅かだが全身を快楽が広がった。俗に言う甘い吐息を漏らし、彼女自身が困惑する。目を見開き、もう一度閉ざす。胸の奥が、どことなく苦しかった。
(魔力が、制御できない所為なのか)
意識が遠くなっていく。心を無数の触手が絡め取り、闇へ引きずっていく。普段ならば抵抗できるはずなのに、いう事を聞かない。
(やめてくれ!)
イリュアスは痛みを堪えて全身を伸ばし、心に忍び寄ったモノを追い払おうとした。けれど肉体に更なる痛みが迸り、同時にまた快楽に似た感覚が伴走する。
「………っ!?」
反射的に身を丸め、走り出した呼吸を整える。
(一体、体はどうなってるんだ!)
イリュアスの困惑が酷くなる。怖い。自分がどんどん脆くなっていく。そんな姿、彼らには見せたくない。特に…彼には…。
「スオウ…」
彼女は…何時の間にか、想い人の名を呟いていた。

 その声を、偶然にもエルデルグは聞いた。イリュアスが苦しんでいるのは辛いが、何故だろう。その名を聞いた途端、息苦しくなった。思わず、戸を開けるのを躊躇する。
「エルデルグ、お前どーしたんだよ」
ベヒモスに会う、と言って離れた筈のパトスがやってきた。あとから店主と料理長もやって来る。
「いや、何でも」
平静を装うエルデルグ。それにベヒモスは若干苦笑した。が、シルクレアはパトスに向き直る。
「パトス、イリュアスの診察を」
「わーかった。んじゃ、ベヒモス…バンの面倒を頼んだぜ。エルデルグは一度イリュアスに顔を見せてやれ」
パトスに言われ、ベヒモスたちは頷く。二人が幼児を連れて行くのを確認するとパトスはドアをノックした。
「…はい」
「ベヒモスに頼まれてきた医者だ。入るぞ」
そういい、パトスが戸を開ける。エルデルグはまた顔がほんの少し、赤かった。

 1人カウンターで紅茶を飲んでいたユエフィは経営者夫妻が小さな子どもを連れて降りていくのを見、僅かに微笑む。水晶は懐に隠し、紅茶を飲む干すとカウンターの内側へ渡すと部屋へ向かう。あの二人は自分が様子を伺っていることに気付いていない。時間は夕暮れで、そろそろ客人が多くなってきている。余計に紛れやすかった。心地よい喧騒が、ふんわりと広がり、料理の匂いも心をくすぐる。
(攫うなら、夜か)
止まる客はどれだけかわからない。しかし、彼には心強いアイテムがあった。階段を登りつつも考える。その前に、獲物が居る部屋を確認しなくては。彼は懐から一つの片眼鏡を取り出した。それを一つの扉に翳すと、戸の向こうが透ける。丁度、イリュアスが医者の診察を受けている所だった。上半身を曝し、聴診器を当てられている彼女を見た途端、ユエフィの口元が緩んだ。
(綺麗な肌をしている…。胸は小振りだが、形がいい。しなやかな肢体だな。妹と同じぐらいの上玉だ!)
小さく口笛を吹く。雇い主は彼女を竜として手懐けたいらしいが、それより自分への報酬にしてほしい。ふと、そう考えてしまう。
(まぁ、それはいいとして。いかにして忍び込むか、だな)
唇をなぞり、彼は目を細めた時、イリュアスが左腕を医者に見せた。そこに踊る鉤束のような紋様。竜の羽にも見える線や、絡み合う蔦のような線が組み合わさった、何処か躍動感のあるものだった。左手の甲から肩を覆うそれに、思わず見入った。
(これが、成長途上の竜紋か…)
小さく感嘆の溜息を吐いていると、人の気配がした。怪しまれるといけないから、直ぐに部屋へ入る。そこでマントを脱ぎ捨て、片眼鏡をテーブルへ置くとごろり、とベッドに転がった。1人で行動する最、作戦は紙とペンを使わない。脳裏で組み立てる。瞼がゆっくり落ちる。
(宿の人間が油断しきっている時間が、いいな。丁度いいモノもここにある)
彼の鞄には魔術で小石ほどに圧縮されたアイテムや衣服が沢山詰め込まれていた。その中の幾つかが、彼の意識を読み取ったように転がり落ち、元の大きさに戻っていく。そして、何処かで扉が閉まる音がした。彼は僅かに笑い、唇を嘗めた。
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by jin-109-mineyuki | 2006-01-24 10:32 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)
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