ある野良魔導士の書斎

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第二話:呼ぶ声、呼ばれる者(5)


 その頃エルデルグは傭兵仲間の家にいた。傭兵といっても魔導士の一人で、最近はもっぱら戦場よりもアカデミーで教鞭をとっている事が多い。エルデルグが身を寄せているのは彼の家だった。
「エルデルグ、次はどこの戦場に向かう気かい?」
友人に問われ、エルデルグはすこし考える。この街に来て早二日。斡旋所に行っていない。
「まだ考えている所なんだ。もしかしたら冒険者に暫くの間転向する可能性もある」
「ふーん、君が冒険者ねぇ。それよか本格的にルポライターとして活動したらどうだい?この前のルポタージュ、色んな人に評判だぞ?」
友人は青い目をキラキラさせ、にやり。ついでにアカデミーで気巧術の教鞭でもとったら、と言われたので笑顔で断っておいた。十九になったばかりの自分に、教師など務まるはずが無い。そう考えていたからだ。落ち着いた雰囲気で、厭味にならない程度の豪華さを誇る書斎が僅かに金色の光で満たされだすと、エルデルグは椅子から立ち上がった。
「もう行くのかい?しかも鞄をもって」
エルデルグは身支度を整えていた。鞄も武器もその場にある。
「ああ。お前新婚だろ?邪魔するわけにはいかないぜ」
彼はそういうと荷物を持ち、にっこりと笑う。またな、と握手をすると速やかに部屋を後にした。
「また来いよ。今度はゆっくり酒を飲もう!」
彼はそう言うと、微笑んで扉を閉めた。そして、残念そうに本棚を見やる。隠していたとっておきのウィスキーを、彼に飲ませたかった。

 エルデルグが街を歩いていくと、一人の男とぶつかりそうになった。彼は失礼、と言って会釈し立ち去ろうとしたが…その場に止まる。
「どうしたんですか?」
明らかに年上であろうエルフの男。長身痩躯で夕暮れの光に黒い髪が豪奢に輝く。前髪に走る銀のメッシュが、刃物のように煌いた。
「…いや、なんでもない。すまなかった」
彼はそう言うとあっ、と言う間に喧騒へと溶け込んで言った。
「何だったんだ」
エルデルグは訝しげに首をひねったが、すぐに歩き出した。イリュアスの事が心配だ。気を取り直して歩き出す。夕暮れ時の街は心地よい喧騒に包まれていて、平和だな、と実感できる。おいしそうな料理の匂いもしてくるし、なにより、夕焼けの色が安心感を与えてくれる。なんて素敵な時間なんだろう!エルデルグはこの時間帯が大好きだった。一番上の姉に手を引かれて歩いた商店街、おいしそうな肉屋のコロッケ、総菜屋で一番人気があった肉じゃが、何処か安らぐ琥珀色の空気…。思い出を懐かしんでいると、彼は足を止めた。不意に、肩を叩かれる。
「エルデルグ、久しぶり」
声をかけてきたのは、幼児連れのエルフだった。白銀の髪に黒いメッシュが三本。さっきの男とは逆のカラーパターンだ。紅と黄色の眼が楽しげに微笑みを浮かべている。丸い、シンプルな眼鏡が似合っていた。
「パトスか」
顔見知りの医者、パトス・ピースリング・ソフィはハーフエルフではあるが魔族の血を引く。母方の祖先は魔族であるらしく、彼はその力を受け継いでいる。彼が抱えている幼児は息子のバン。
「バンも一緒に買い物ですか?」
それとも食事ですか、と問いかけるエルデルグにパトスはいや、と首を横に振る。よく見ると診療道具が入った鞄を片手に持っていて、エルデルグは納得した。今から往診にでも行くのだろう。
「別に急いではいないし、そこまで一緒に歩こう。シルクレアからイリュアスを診て貰いたいと連絡があったんだ」
それにエルデルグが表情を若干険しくし、ちょっとパトスに詰め寄る。イリュの体調が悪化したのだろうか?
「イリュになにかあったのか?」
「ん…まぁ、な」
何か言葉を濁すような彼の態度。それが釈然としない青年は更に表情を曇らせた。医者はそんな友人に悪いと思いつつ苦笑い。
「そんな顔をするな、エルデルグ。お前がイリュを心配する気持ちはわかるけれど…。まずは、『おぼろ月』へ向かおう」
エルデルグはそうだな、としかたなく頷いた。
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by jin-109-mineyuki | 2005-12-25 22:23 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)
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