ある野良魔導士の書斎

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第二話:呼ぶ声、呼ばれる者(3)


エルデルグが店を出て数分後。店に1人の若者が姿を現した。
「いらっしゃいませ」
シルクレアがにっこりと出迎える。入ってきたのは四枚の翼を持った若者だ。彼が先ほどまでイリュアスを監視していたなど、店主には知るよしも無かった。
「宿を頼む。一週間ほど個室に泊まりたいのだが」
「宿泊ね。それじゃあ、これに名前とかを記入して頂戴」
シルクレアが手渡した手帳を受け取り、青年は用意されたペンですらすらと書き込んでいった。ユエフィ・ル・シャンティと書いてあり、年齢は二十五歳。背が高く、細いがしっかりとした体の糸目美青年だった。
「遠くから来た見たいね。服装からして北部のアビニヨン山脈あたりじゃない?」
ユエフィと名乗った青年は、自分の服装を見、頷く。質素なマントと綺麗な組紐が編みこまれた手甲。そして北部生まれの特徴である色素の薄い肌。そこから、彼女は推測した。
「今の季節ならば、雪の竜王を讃える祭があっている頃よ。そんな時期に故郷に戻れないなんて、残念ね」
そう言った途端、僅かに青年の顔が曇る。ユエフィは軽く頭を振った。
「私の故郷は、もう無い」
彼の言葉に、シルクレアは申し訳ない気持ちになった。そして数年前の事件を思い出す。アビニヨン山脈の中腹にある小さな村が何者かに襲われ、長を初めとする住人の殆んどが殺された、という残忍な事件だ。これを巷では『カルナティーノの惨劇』と呼ばれている。その生き残りなのだろう。
「…気にすることは無い、店主殿。慣れている」
ユエフィはそういうものの、シルクレアはどんな顔をすればいいのか複雑な心境だった。それが拙い、と思ったのだろう。彼はやんわりとした笑顔を見せた。
「そういえば店主殿。この季節ならばさぞ美味しいラシュの実が食べられるでしょうね。今年はどうですか?」
「春先の天候が悪かったからまだ出回ってないわ。そうね、あと二週間ぐらい待ったほうが良かったかしら」
漸く、さっきの笑顔を向けてくれた。美しい店主に青年は少し頬を紅くするも、元に戻して呟く。
「ご主人様はがっかりするだろうな」
小さな声だったのでシルクレアには聞こえなかった。ユエフィは後で酒場に行く、というと部屋への案内を頼んだ。シルクレアは頷くと彼を個室のある二階へと案内していく。が、イリュアスの部屋からは遠ざける事にした。彼女は女性だし、第一に体調が悪いからだ。その様子にユエフィは怪訝に思った。

 一方、ベヒモスは友人であるエルフのもとを訪れていた。マッドサイエンティストとかも囁かれているが、彼にとっては自分の娘が世話になっている親友である。
「ふーん、魔力制御のサークレットね」
彼は赤と黄色の目で、手の中のサークレットを見つめた。十字架を除けば飾り気のないモノだ。しかし魔力制御に適したミスリルに金メッキが施されている事は彼にもわかる。
「と、その前に。俺の本職は医者だぞ、ベヒモスさん」
「しかし、俺の周りではお前が適すると思ったんだよ、ドクター」
ドクターと呼ばれた男はベヒモスとさほど変わらない長身だ。細いが筋肉質そうで、しなやかな体を白衣に包んでいる。医者の体ではなく、戦士の体といって過言ではない。また質素な病院独特の部屋にちょっと似合わないような目映い白銀の髪。前髪には黒いメッシュが三本入っている。
「まぁ、錬金術などの類も齧ってはいるが…」
彼はエルフの耳をぴくっ、とさせて溜息をつく。
「それじゃあ、パトス。俺の娘だけでなくそいつも任せるぞ」
そう言って、ベヒモスは病院を後にする。残されたエルフは溜息混じりにサークレットを頭上の天窓に翳した。
「俺はただの医者だってーのに。魔族の血を引くハーフエルフだからって…」
彼の名はパトス・ピースリング・ソフィ。ここいらでは名の通った良医であり、研修者。そして、腕の立つ戦士でもある。そんな彼はマジックアイテムの製作・修理も手がけていた。
「それにしても、厄介なことになりそうだぜ」
パトスは一人呟く。掃除されたばかりの床に眼をやると何時の間にか幼い息子がジーンズを引っ張っている。
「ああ…バンか。悪りぃ、ちょっと待ってろよ」
彼はそう言うと息子をソファに座らせ、預かったサークレットを手に地下の研究室兼工房に入っていった。
(嫌な、予感がするな)
彼は水晶ランプに魔力を注ぎ、溜息混じりにそう思った。なんとなく。
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by jin-109-mineyuki | 2005-12-09 12:34 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)
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