ある野良魔導士の書斎

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第一話:目覚めた眠り姫(4)


さぁぁ… さぁぁ…
暗闇の中、何処からか波の音がする。酷く懐かしい気持ちが私の中に込み上げて来た。波の音に紛れて、優しい声がする。何故だろう、心の奥底から、力が沸いてくる。暖かい気持ちも、何でも出来そうな思いも。痛んでいた傷が癒えていく。
『イリュアス』
私の名前だ。誰かが私を呼んでいる。声の主を探そうとしても、誰も居ない。ただの暗闇がそこにある。
『イリュアス、痛い思いをさせてすまない』
誰かが言う。聞き覚えのあるような、無いような声が私にそう言う。何も分からない。だけれど、絶対的な安心感が、そこにあった。
『君は、既に目覚めているんだ。あとは、その力を知るだけなんだよ』
何のことだか、さっぱり分からない。目覚めているって、何の力が私に目覚めているというんだ。
「誰だかわからない。けれど、おしえてほしい」
私は顔を上げる。声の方向へ、思いのままに問いかける。私の紋が、頭が痛むのは何かの力が目覚めているから、と言うのらば…。
「私が目覚めた力というのは…何だ?」
『まず、それに気付きなさい』
声はそう言い、それ以来何も言わなかった。私は一人、ポツンと立ち尽くし、深いため息をついた。私は自分の力に気付いていない。私が目覚めた力というのは…なんだ?
考えているうちに、私は眠りに落ちて行った。

 昼過ぎ。イリュアスは眼を覚ました。頭痛が酷いのでベッドに横たわっていたのだが、何時の間にか眠っていたらしい。
「目覚めたね。頭痛はどう?」
エルデルグが部屋にいた。どうやらずっと面倒を見てくれていたらしい。彼は昼食も準備してくれていた。おいしそうなおにぎりが白い皿に三つ乗っている。
「いいよ。納まった」
穏やかに笑う。頭の痛みは取れたが微妙なもやもや感だけは残っていて、表情は少し暗い。
「痣はまだ痛むけれど気にするほどじゃない。ありがとう」
イリュアスは心配してくれた友達にはにかみながら礼を述べた。エルデルグはどうってことない、と頬を緩める。優しいその顔が、なんとなく好きだった。痛みも薄れた気がする。イリュアスが身を起こすと彼はお盆におにぎりとお茶を載せて彼女の腿へ乗せた。丁度昼下がり。自分の分のおにぎりもちゃっかりお盆に載せていた。
「おなかすいただろ?食べようぜ」
「うん…ありがと」
イリュアスは早速一つ取って食べ始めた。丁度いい塩加減。中身は梅だ。一口でベヒモスお手製であるという事が分かった。

 一方、食堂のある一階。ベヒモスは客が減った食堂を見、ぼちぼちと従業員の昼食も作ろうか、と考えていた。彼は大地の精霊だが、現在は人間のフリをしてここの料理長をしている。
「ベヒモス、そろそろいいんじゃない?」
そう言ったのはオーナーである妻のシルクレアだった。彼女はケープを羽織り、質素なワンピースに身を包んでいる。
「そうだな。あの客が帰ったら昼飯を作ろうと思っていたんだ」
彼は妻に優しく笑いかけ、フライパンを見せた。シルクレアはほんのちょっとだけ口元をほころばせたが直ぐに真剣な顔になった。
「話は変わるけれど、変な事を聞いてしまったの」
シルクレアは魔族である。その証拠に僅かだが耳が尖っている。彼女はカウンターの椅子に腰掛けると傍に寄った夫に耳打ちした。客に訊かれたくはない。話を聞いたベヒモスの表情が、僅かに曇った。
「それが本当ならば、その『竜紋』を持っている人間は大変だな」
彼はそういい、顎に手を当てて考え事を始めた。
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by jin-109-mineyuki | 2005-05-09 11:45 | 小説:竜の娘(仮) | Trackback | Comments(0)
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