ある野良魔導士の書斎

fureinet.exblog.jp
ブログトップ

とりあえず、シオンは教育中 (シオン、文字練習中)


冒険者の宿【静寂の鏡亭】:前哨の前哨【破】
ある雨の日の……。

―聖歴1373年・8月初旬。

 その日は、午後から激しい雨に見舞われた。冒険者の宿【静寂の鏡亭】も閑古鳥が鳴いている。奥のテーブルでは赤いローブを纏った若い男が、同年齢ぐらいだろう紫色の髪の若者になにやら教えているようだった。
「だいぶ、文字が書けるようになりましたね、シオン」
「……そう、か?」
どうやら、読み書きを教えているようだ。シオンと呼ばれた青年は僅かに首をかしげ、青年―名をヒイロと言った-は僅かに微笑んだ。羊皮紙には拙い字で「シオン・アーシュレイ」と書かれている。
「ほら、1年前と比べると断然違います」
そう言って、彼は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。そこには全く読めない…お世辞にも文字とは呼べないものが書かれていた。シオンはそれと今書いた文字を見比べ、少しだけ笑った。
「ヒイロの教え方が上手いからよ」
そう言って現れたのは、金髪の女性、ユズハだった。彼女は紅茶を入れると2人の前に置いた。そして自分もカウンターのいすに腰掛け、優雅に口に運ぶ。
「ユズハ。私は…貴女が教えた方がシオンもうれしいと思いますよ?」
ヒイロが苦笑交じりにそういう。というのも、ユズハに拾われてから、シオンはユズハに懐いていた。宿にきて暫くは母に甘える幼子のような感じでユズハについて回っていたのだから。それも2年前の話だが。その事を思い出したのか、シオンは僅かに頬を赤くし、茶菓子を持ってくる、とたどたどしく言って、カウンターへと消えた。その様子に苦笑しつつ、ユズハは優しい顔になる。
「表情が少しでも豊かになってきたわ。宿にきたばかりのころは殆ど表情がなかったもの」
「そうなんですか?」
約1年半前にこの宿へやってきたヒイロは、その時の事を知らない。ユズハは小さく頷き、その時の事を話そうとした。が……がしゃん、という陶器の割れる音に反応する。
「…珍しいですね。シオンがお皿を割るなんて」
ヒイロはきょとん、としつつユズハとともにカウンターの奥にある厨房へ向かった。

 同時刻。【白銀の剣亭】のあるテーブル。そこには1人本を読む少女の姿があった。年の頃は12か13。良く見ると耳が笹の葉のようにとがっている。そこからエルフである、というのがわかる。名はルアムといった。彼女は真剣に一冊の本を読んでいたので、僅かにドアが開いたのに気付かなかった。
「おや、どうしたんだい?」
カウンターにいた、20代だろうマスターが問いかける。と、入ってきた存在が口を開いた。ルアムが僅かにその方向へと目をやると……同種族の少年がずぶぬれの状態で息を整えていた。
「お兄さん、ごめん。ちょっと雨宿りさせてくれないかな?」
「ああ、いいとも。それにしても、酷い雨だなぁ」
少年とマスターの声で、ああ、雨が降っているんだな、と彼女は思った。
 ローブを纏った少年は懐から布を取り出すと顔を拭き始めた。そして見えたのは……柔らかそうな乳白色の肌と、鮮やかなミントグリーンの髪と瞳だった。そして、声は少年のものであったのに、顔は少女のそれだ。少しだけ目を丸くしていると、目が合い、少年が小さく笑った。
(珍しい髪の色……)
黙礼するとまた本を読み始め……影が下りた事に気づいた。ローブを脱いだ少年が、自分を見ていた。
「オレはクズハ。碧落の森から来たんだ。君は冒険者なの?」
その問いに、ルアムは小さく頷き、また本を読むことに集中した。クズハと名乗った少年はまた小さく笑い、前の席に座る。そして楽しそうにあたりを見渡していた。冒険者の宿が珍しいのだろう。けれど、彼女には話しかけてこなかった。読書の邪魔にならないように、気遣っているのだろう。暫くして、マスターが2人にミルクティーとクッキーを差し出したところでルアムは本を閉ざした。
「さっきはごめんね。本を読んでいるのに」
「…別に、いい」
ルアムはそういうとクッキーを進める。そして小さな声で自分も名乗り返し、クズハはそれにいい名前だね、と微笑んだ。
「その本、オレも読んだことがあるよ。全然わからなかったけど」
クズハがちらりとルアムの本を見つつ答え、ルアムはそう、と小さく相槌を打つ。
「これは魔術を研究している人には面白いけど、それ以外の人には全くと言っていいほど理解できないかもしれないね」
「全く同感。ヒイロって凄いなって思ったよ」
そういいながら、クズハはまた笑い……同時に優しい目を彼女に向け……僅かに耳を赤くした。

 その頃アレトゥーザでは1人の乙女が教会で真剣な顔をして司祭らしき男と話していた。また、リューンの片隅で、1人の少女が両親からある事を言い渡されていた。その2人が【静寂の鏡亭】で出会うのは…数日後の事だった。そして……アカネの爆弾発言も、その日に迫っていた。

(続く)
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

とりあえず。
ちなみに【白銀の剣亭】及びそこに所属の冒険者、ルアムちゃんは龍使いさんのリプレイにて登場している宿と冒険者さんです。リンクに龍使いさんのブログ『集いし者達の空間』はありますので、ぜひ。
[PR]
by jin-109-mineyuki | 2009-09-01 23:26 | 冒険者の宿【静寂の鏡亭】 | Comments(0)