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ある野良魔導士の書斎

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過去のセリフを振りあけると、シオン…なんか台詞が余計拙く… (ユズハ、もとは下宿人)


 その日の夕方、急に土砂降りになった。その事に内心ため息をつきながら、一人の若い娘は走る。大事そうに本を抱え、下宿先である冒険者の宿【静寂の鏡亭】を目指して。
(学院の寮より、こっちのほうがいいんだけれども……やっぱり距離があるわね)
耐水性のある、でもごわごわとしたマントをしっかりと身に纏い彼女はまたため息をついた。張り付いた前髪を払い、前を向く。早く家に帰って、この本の続きを読みたい。そうだ、おやじさんに熱い紅茶を入れてもらおう。うん。そうしよう。そんな事を考えながら彼女は走り続けていた。既にブーツの中にまで水が入り込んでいる。
(防水加工、取れていたのね)
お下がりだし、とそこは諦めた。もう少し腕が上がったら自分で防水の魔法をかけよう。恐らく、そういった魔法は学院の地下書庫にあるだろう。そんな考えが脳裏をめぐる。
(ああ、気持悪いわ。本を読む前にブーツを乾かさなくちゃ。それに熱いお風呂に入らないと風邪をひいてしまう)
そういった場所を与えてくれた神とおやじさんに感謝しながら、家路を急ぐ。……と、雨がマンとを叩く音に混じって、何かが倒れる音がした。水煙の奥にぼんやり見える宿の明り。そして、浮かび上がる紫色の髪。
(えっ?!)
見たとたん、彼女の背中にあったものが、びくっ、と震えた。

カードワースプライベートSS
『拾い上げたは、紫水晶』 (著:天空 仁)

 ユズハ・レシャ・ドゥニは半月前に天界から舞い降りた天使だ。彼女は人間界の魔術を研究するため、有名な学院のあるリューンを選んだ。本来ならば学院の寮で過ごすのが普通なのだが……魔導士の中にはユズハの翼を毟ろうとする輩もいたため、安全策をという事で3日でそこを出て行った。転がり込んだのが元魔導士の男が経営する冒険者の宿【静寂(しじま)の鏡亭】であった。

「……っ!」
ユズハが駆け寄ると、倒れていたのは若者だった。ボロボロになったマントを纏った旅人。それが第一印象だった。が、顔を見て彼女は息をのむ。
(こんなに綺麗な人を、見たことがないわ……)
そう、その旅人は人間離れした美貌を持っていたのである。が、息は弱く、凍えているようだった。
(! 見とれている場合じゃない。早く宿へ入れないと!)
ユズハの手が動く。助け起こそうとするが、なかなか重い。触れた骨の太さから、男性だろうと思いながらも必死にその腕を肩にかける。
「くっ……」
重い。ずっしりと肩に重みがのしかかる。が、ユズハは滑りそうになりながらも彼を助け起こす。今は彼を助けたかった。ただ、それだけだ。どうにかドアまで進み、声を上げる。
「親父さん、ユズハです!ドアを開けてください!」
「あ、ああ! 今開ける!」
声が聞こえたのだろう、ドアが開き鳶色の目をした男が出迎えた。
「随分濡れたな。風呂の準備はできてるぞ。それに……そっちの病人もどうにかしないとな」
親父と呼ばれた男は一つ頷き、その旅人を受け取った。グッタリとした彼を見、親父は僅かに目を見開くが、今は開いている部屋に彼を連れていくしかなかった。
「熱があるな。大方、極度の疲労でそうなったのだろう。俺が着替えさせる。ユズハ、着替えたら粥を持ってきてくれ。ちょうど作っていたところなんだ」
親父の言葉に、ユズハは頷いた。

 親父……ことカンバイは小さくため息をついた。目の前にいる若者は驚くほど肌が白く、誰もが振り返るほどに美しい。しかし、衣服に隠された器は鍛え上げられた戦士のもの……いや、戦う為だけにあるような鍛え方をしたものだった。それに醜い傷痕がいくつもある。
(……これは酷いが……)
カンバイの表情が曇る。戦いでついた傷ではないような物がいくつもある。火傷もあった。そして、何かにつながれていた跡も。僅かに触れると、若者は表情を険しくした。とりあえず熱に浮かされ、弱弱しく呼吸を繰り返す青年の体を乾かし、自分の新調したばかりの服を着せると、体の震えが弱くなった。それに安堵しつつも、うっすらと浮かんだ汗をぬぐってやる。その途中、彼の眼に一つの記号が飛び込んできた。右鎖骨上に刻まれた、肌理細かい肌に似合わない、無機質な印字。

― H-01-a001

瞬間、カンバイの赤い瞳が見開かれた。彼の予想が当たっているのならば、目の前の青年は人間ではない。エルフやハーフエルフでも、ましてや魔族でもない。
(まさか……人工生命体が)
彼の手にはありとあらゆる魔力情報が伝わってくる。目の前にいる青年は明らかに人間が持つ魔力とは何かが違う。どこか癖のあるそれに……
「親父さん、あの方は大丈夫ですか?」
気がつくと、背後にユズハがいた。手にはおしぼりと水の入った洗面器が。それを見てカンバイは一つ頷く。
「今の彼には、ここで十分休ませる必要がある。暫くの間、面倒を見よう」
本来ならば、医者にも見せた方がいいだろう。しかし、カンバイの脳裏にはこの青年が体験しただろうことが過っていた。印字と、幾つかの傷が予感させる。
「……そうだな。たぶん、時期に意識を取り戻すだろう。ころ合いを見計らってお粥を持ってくるよ」
カンバイはそう言いながら部屋を後にする。ユズハは青年の額に乗せられたおしぼりを変えた。
「大丈夫です。貴方は安心できる所につきました。今は早く良くなってください」
ユズハはそういいつつ、青年の手を取る。冷たい手。白く冷たい手を握りしめ、祈る。生きてほしい。目覚めてほしい一心で。自分の体温を送り込むつもりで。彼女の脳裏には、抱きあげた時に見えた旅人の横顔が焼き付いている。
(どうして…この人は、必死になってここへ来たんだろう?)
それが、彼女には気がかりだった。

 数時間後、ユズハと親父の看病が通じ旅人は目覚める。しかし、その旅人は目覚めるなり、ユズハにこう問いかけた。
「…ここは……リューン……か?」

(終)
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後書き
ユズハミーツシオンが、これであります。
何気に親父の名前が出ていますね。前に友人に語った名前とは違ってしまいましたが『元は有能な魔導士』ってのは変わっておりません。とりあえずカンバイをよろしくね。名前の元ネタは『雪中寒梅』という名前の日本酒であったりするのですが。

これの続きを後日出しましょう。それにはこっそりヘイゼルの話も乗っける所存であります。あの子は生粋のリューンっ子ですからね。

徐々にではありますが、暇を見てカードワースで遊んでいる冒険者たちの日常をちらほらとは。シリアスあり、ギャグ……あり(?)で。ギャグを書こうとすると微妙にそうじゃないんだよねぇ。目下の悩みです。
by jin-109-mineyuki | 2009-02-06 19:50 | 札世界図書館