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ある野良魔導士の書斎

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咲乱についてのエトセトラ、まとめたほうがいいかな・・・(汗:亜夜羽、どこいくのっ?!)


 静かな、それでいて荘厳な空気を漂わせる一角。それが、水繰家・本邸にあった。亜夜羽は一人ぼんやりとそこに佇んでいた。
(……ここに……)
顔を上げる。漆喰の壁が、淡い夕暮れ時の空に映える。それを見つめ、少女は頷いた。

シルバーレイン プライベートテイル
『17.4』 第三閃

 一方、咲乱はその頃沐浴をしていた。一人、広い風呂の中、深くため息をつく。
(何故、何のために俺なんだ? 才能のある女性が一杯いるのに)
咲乱自身は大人になったらどこかへ婿養子に行くのだろう、とぼんやりと考えていた。影で『種』と揶揄されようと、父親や己のことをバカにされようと聞き流して。
(俺よりか、亜夜羽たちのほうが当主に向いていると思うけど)
疑問が解けない。が、彼はざぶんっ、と湯船に頭を沈め……その中で思う。
(選ばれたのならば、その役目からは逃げない。俺は俺なりに一生懸命当主を務めよう。親父みたく、うまく行かないかもしれないけど)
覚悟は、自然とできていた。何気なく思い起こすと、父親はいつもがんばっていた。それが認められたから、不満を持っていた者達も今は納得しているのだ。
(茨道かもしれない。けれど……)
咲乱は立ち上がる。そして、湯船から上がり脱衣所へ向かった。

 その頃、一人の老女が静かに白砂の庭を眺めていた。白髪を綺麗に纏め、趣のある和服に身を包んだ彼女はただただ景色を見つめる。そこに、幾つもの足音が聞こえてきた。
(まぁ、そうだろうな)
始めから覚悟していたのか、彼女は小さく笑いながらその方向へと顔を向ける。と、背の高い女性を中心に4、5人の男女が彼女へ向かってきていた。
「まぁ、雪路。それに…」
その顔ぶれに、苦笑が濃くなる。雪路と呼ばれた女性……影釣 雪路は厳しい目を向ける。
「やはり、というべきでしょうな」
「……長老・琥珀様にお話があり参りました。やはりというあたり、私たちが何を言わんとしているのか、おわかりですね?」
琥珀と呼ばれた老女…水繰 琥珀はくすくす笑いながら頷く。反応にむっ、としながらも雪路に従ってきた女性の一人が口を開いた。透き通るような金色の瞳が、雷光のような鋭さを含む。
「水繰家は戦国時代より女性を中心に栄えてきた由緒正しき呪術師・魔導士の家系。魔術には女性が持つ精神的強度が合う上に本質である植物の力とも相性が良い為、また母系社会を築くために女性が長を勤めてきた筈です」
「それは古くからの伝統。家系図をさかのぼっても、男性の当主は少なく、尚且つその代に限って幾度かの『沈め戦』に破れております」
別の女性が言う。琥珀は黙ってそれを聞いていた。次に口を開いたのは、唯一の男性だった。彼は青みがかった灰色の目を細め、
「その上、咲乱さまは『魔眼』を制御できず……上に立つものとしてはいささか力量不足かと。学校でもクラスに溶け込めず、友達は少ないようですし」
その言葉に、琥珀は少し眉を顰めた。
「咲乱自身はそれに気付いていないようだな。しかも、中途半端な覚醒故に能力が常に僅かながら発動しておった。最近では無意識だが制御できているようじゃが」
「しかし、能力に気づいていないあたりが未熟だというのです。いくら能力者とはいえ……」
雪路が畳み掛けるように口を開くものの、琥珀が止める。彼女は小さく、されど意味深な笑顔を浮かべ、白砂に目を移した。
「お主達の懸念はよぉ判るつもりじゃ。確かに、今の咲乱では当主になれん」
一同はそのとおりで、と小さな声で同意したものの、琥珀はか細くも鋭く、短く言い切る。
「今の、と言ったぞ?」
音も無く身動きをとめる雪路たち。その姿を見ることも無く、琥珀は口を開く。澄んだ瞳で白砂を見つめ、
「今宵の儀式で、私はある試しをしようと考えている。それは亜夜羽への試しでもある。お主達は静かに見ておくといい。今は下がって準備をしておきたまえ」
琥珀の言葉を、雪路は聊か不審に思ったが取りあえず従っておくことにした。彼女は仲間と共にその場を去る。足音が完全に遠ざかったのを確認し、琥珀は背後を振り返った。
「話は聞いたな、由緒」
その言葉に頷いたのは、いつの間にか現れた少年だった。細く、背が高く、一見咲乱と瓜二つである。しかし大きく違うのは漆黒の瞳と縁の無い眼鏡。由緒と呼ばれた少年はにっこり笑った。
「既に手筈は整えております。あとは蝶が罠にひっかかるだけですよ。ふふっ、嬉しいですね、あの子が時期当主とは」
眼鏡の少年はくすくす笑い、琥珀は窘める。が、少年の笑いは止まらない。それを不思議に思いながら見つめていると、由緒は口元を綻ばせた。

 水繰邸・零番蔵。本来無い筈のここには、通常の生活ではまず触れることの無い魔術関連の道具や資料が収められている。その中には『封印』と書かれた札を貼られたものや『浄化中』という札を貼られたものもある。だから、普段は滅多に入ることが赦されなかった。
(……ここに……)
亜夜羽は、何故か疑うことも無くここへやってきた。不思議な声に導かれて。いつもは硬く閉ざされている筈の扉は簡単に開き、誘っているようだった。

―我が身を取れ、不満を持つ者よ。

その深い声が、亜夜羽の魂を揺さぶる。血に解けて身体をめぐり、ざわざわと鳥肌が立っていく。
(これは、何かの罠? でも……私は……)
魔力を肌で感じながら、亜夜羽は重い足取りで進んでいく。心のどこかで、これは危険だ、という声がする。けれどそれ以上に、何処からとも無く聞こえてくる声は魅力的だった。何度も振り払おうとした声。だけど、蜜のように甘い。
「咲乱……」
口が、小さく名を紡ぐ。無意識に、一本の刀へと伸びる白い手。うっすらと埃を被った刀は、僅かに身を振るわせる。それを掴んだとき、少女の脳裏が一気に暗転した。
by jin-109-mineyuki | 2009-01-08 16:27 | 無限銀雨図書館